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ゆめ か うつつ か
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その昔、韓国を周遊しているときになにげなく見かけた地下鉄の看板に、「月背」という名があった。
「月に背く」。なんと壮絶で美しい名前だろう。いったいどのような物語があって、そのような美しい名をつけられたのだろうか、と思わず、夢想した。

後年、やはり台湾で知り合った韓国人青年にこの話をしたところ、「ロマンチストだねえ」と言われた。まあ、かりにこれが「太陽に背く」だったらそこまで惹かれなかったかもしれない。女はどうしても「月」に親しむ。

それはさておき、月島、大月、月寒、月形・・・・・・「月」という文字が入ると、無性にその地が美しく思えるのは、わたしだけではないんじゃないかな。

16号線を福生方面から走り、埼玉に入ってすぐのところに「脛折」(すねおり)という地名がある。あわや骨折しかねない難所、というわけでもなく、いたって平坦な道をまっすぐ行くとややあって、「脛折月待戸」という名の地になる。

つまりその地は、旅人が「脛を折り」、その地に腰掛けて「月を待」った場所なのだろう。現代の、トラックがゆきかう喧騒のコンクリート・ロードで、かつて、はかなく頼りない月の光に頼って家路を急ぐ旅人が月の出を待って草地に腰かけていたと思うと、何だかとてもわびしくゆかしい。












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日いちにちと厳しさを増す寒さに木々が色づいてくる季節だった。

炎のように燃え立つ楓、黄金に輝く落葉松、渋みをとどめる椿の樹の、とりどりに重なり連なる錦の森を縫うように白金色のボルボが疾走している。

乗っているのは二人の女。輝くような金髪の女が器用にハンドルを操ってくるりとカーブを曲がると、冷たい銀の髪の女が無言で窓を開けてみせた。たちまち冷たい空気が、温かい車内を切り裂いてゆく。

「豊かな森ね。豊かで、そしてとても儚い」
銀色の女が優しく吐息を漏らすと、その息はたちまち木枯らしとなってひるひると空の彼方に去ってゆく。

「おやめ」。金色の女が眉をしかめた。「ここはまだあたしの領域だ」。銀色の女が笑った。「いや、残念だけどここいらはもうあたしの領地だね。ほら、あたしのベンツが停めてある」。

つややかに光る銀黒色のベンツの前に、ボルボが緩やかに停まる。「やれやれ、ついこの間、ここに赤のポルシェと来たばかりなんだがね」。「すぐに緑のクーパーが追いついてくるさ、あの風のように軽やかなやつが」。

銀色の女が大地を踏むと、草も木も薄い銀色の膜に包まれる。華奢で儚げな霜に覆われた地を、黒のベンツが重々しく去っていく。







小さな水溜まりだった。

何気なくひょいと跨いだ途端、ぱしゃりと軽い水飛沫が飛ぶ。ああしくじった、踏み入れてしまった。忌々しさと共に固いアスファルトの感触を覚悟したが、爪先は水のなかにつぷりと沈む。全身が重たい水に捉えられる。
おちてゆく、硬いアスファルトの中へ、堅い水の底へ。

そして私は悲鳴をあげて飛び起きた。明け方の薄笑いみたような月が空に貼りついているのを忌々しい思いで見上げる。眠りだけがわたしの味方だったが、近頃はその眠りも牙を剥いて襲いかかってくるのだった。

Nec spe Nec metu……

わたしの好きな言葉、新生イタリア期の女傑が遺した言葉を唱えてみるが、それは何の慰めにも、まして安らぎにはならず。

Nec spe Nec metu
Nec spe Nec metu
Nec spe Nec metu……


私は独り雪山に登っている。

真昼である。

眩し過ぎて何も見えず来し方を振り返ると、灰色の雪がごつごつと固まる向こう、絶えず風に吹きちらされヴェールのような粉雪に霞んで、緑の森が広がっている。麓の街は鏡の欠片のようにキラキラと光を反射し、わたしの眼を刺すようだ。

ずいぶん高くまで来たなあと思う。

しかしこの先一体どれほど進み続ければよいのだろう、進んだ先に何があるのだろう、わたしはどこへ向かっているのだろう。

頭がくらくらして思わず膝を着くと、凍った雪のそこかしこに足跡が入り乱れているのが見えた。わたしの前に誰かが居たのだ。

おそらくは、だが、しかし、そうだ。

わたしの前に誰かが居て、わたしの後に誰かが続く。

そうしてわたしはよろめくように立ち上がると、重い脚を引きずり、光の中を進みはじめた。


耳の奥で カンカンカンと遮断機の悲鳴が止まらない、と君は言った。

「やめなさいやめなさいって言うのよ、そのたびにわたし、飛び込むのを思いとどまったわ」

そう語る口調は明快で、かえってぼくをかなしくさせる。

「世界はどうしてもわたしになつかない、わたしも世界になつく気はない。ただ何もかもひどくめんどうくさい気分なの、わかるかしら?」

「ぼくにわかるのはぼく自身のこころだけだ」

「そうねあなたはつめたい人だわ」
「ぼくはつめたい、でもぼくは」

「待って・わたしあなたが何を言おうとしてるか知ってる、あなたはわたしを愛してると言うんでしょう」

「そう、ぼくは君のことを」
「愛してる?」
「そう」
「誰よりも?」
「そう」
「わたしのために、あなた、ここにいる?」

ぼくはうなずいた。君はうんざりと首を振る、

「ああいやね、『あなたのためにここにいる』なんて、陳腐な台詞。
生きる理由を他人に委ねるなんざ浅ましいと思わない?
どうして自分のために生きていると言えないのかしら。ずるいわ」
「そうだね。ぼくは、ずるいんだ」

肯定し続けるぼくと、否定し続ける君と。

「もうたくさん、もういいわ。いらない、他人の言葉なんて。
ねえわたし、他人の考えてることなんてすぐにわかるの、
知りたいのは自分なの、自分の考えが一番わからないの」
「わからない?ほんとうに?」

君もぼくを愛してるのに?

「……そうね、わかることもあるわ」
「何?」

「愛なんて、そんなものまやかしだということ」

「まやかし、それも愛だよ」

同じことなんだ、
ずるさもまやかしもたわごとも偽りすらも愛なんだ。


「そんなことを教えないで」

お願いだからわたしを煩わせないで、わたしが向かい合いたいのはわたしだけなの、と呟く君に、
ぼくは容赦なく囁く。


「愛してる」





生きてて良かったというよりは 今まで死ななくて良かった と いう方が正確だろう。

恋をした、それが感想。

恋をしたら死にたくならなくなるかと思っていたけどそうでもないことも判明した。それはまた別の問題なんだな。誰かを恋うることと自らの実存はべつのもの、だからわたしには自殺はできるが心中はできないだろうと思う。



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