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ゆめ か うつつ か
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今季いちばんの冷え込みの中、『リアル・スティール』の試写会に当たったGのお誘いで、ありがたく新宿へ。この月末は都内へ出向く用が多い。いやまあ仕事で毎日通ってるけどさ、しかし新宿なんて毎日の「通過地点」であってわざわざ遊びにいくところじゃないのだ。とはいえ何でもあるのはすばらしい。ホレンディッシュ・カカオシュトゥーベのレモンケーキを買いこみ、試写会へ。(感想は「続き」から)



試写会のあと、どうせなら新大久保で韓国料理でもということになり、新宿から線路沿いに歩く。わたしが韓流にハマッていたのは十年以上昔で、新大久保もそれ以来。昔は地味めなコリアの留学生かアジョシアジュンマ(おっちゃん・おばちゃん)くらいしか居なかったのに、今は華やかな女子大生やOLがきゃぴきゃぴしており、道も明るく、嗚呼・・・としばし隔世の感に目をしばたたく。なんかもうすごかった。

 ほほえみを絶やさぬよんさま人形。

久々にチャジャミョン(ジャージャー麺の乾麺)を買えたのは嬉しかったけど。

サムゲタン(鶏煮込みスープ)が食べたいと思ったがどこも軽く二千円越えで、ああ韓国では700円くらいで食えたのに・と思ったら悔しくなり、結局適当に入った店でGとサムギョプサルやら海鮮焼きを山分け。ゆずはちみつサワーは美味しかったな。美味いよな韓国料理。

 たことか海老とかお肉とか。レタスに巻いていただく。ウマい。

その後、昔留学時代に友人がよく作ってくれたプゴクッ(たら)のスープが恋しくなったので、家で作ってみたが、弟には美味いと言われるも両親にはウケが悪かった。にんにくのにおいがどうにも鼻につくらしい。これもジェネレーションギャップかしらね。





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に、お呼ばれしてしまい

それがちょいと目上の方ばかり集う会で

しかもあまり話したことのない方ばかりで

すわ! とばかりに食事マナーのおさらい、はやりのドラマチェック、セレブゴシップ、トレンドなどなどについて下調べし、幾度もシミュレーションを重ね、その返答をまたイメージトレーニング・・・・・・・

なんてやっていたら行く前からなんていうかげっそりしてしまった。

綺麗なお姉さま方に囲まれるのはとても嬉しい、と同時にとてつもなく緊張する。被ってる猫の皮をいつ剥がされるか、自らの異質さをどこまで隠しおおせるか、びくびくしながら居るからだと思う。







「嫌われたくない」って、ずるいのかしら。
保身は、でも、あの場の誰もが考えていたことだと思う。

そういう意味でとても勉強になった。















中国語で、「湯婆」と書いて「たんぽー」とよむ。日本ではそれに「湯」をつけて「湯湯婆=ゆたんぽ」と読んでおり、いわゆる「頭痛が痛い」の類の重複語ではないだろーか、と思うのだが、まあ ゆたんぽ のほうが たんぽより可愛い気はする。

そもそも「婆」というのは母、妻などという意味で、日本ではいつのまにか「おばあさん」のイメージになってしまったけど、もとはもっと若い女性を指す語だった。母のやさしい胸に抱かれて、あるいは女のやわらかいからだを抱いて眠るあたたかさ、それがゆたんぽのあたたかさ。

いや、最近深夜帰宅があいついだときに、母がこっそりゆたんぽを仕込んでおいてくれてなんだか嬉しかったの。。





今でもあるかどうかはさだかではないが、ひと昔前の中国では、夏になると「竹夫人」とゆうものを愛用したらしい。これは竹篭を編んで作った抱きまくらで、寝苦しい夜、竹のさわやかな香りや風通しに涼しさを求めたものらしい。

しかしゆたんぽも竹夫人もなんだかひっそりエロスな匂いがする。寝室で使うものだからかしら。









フランスのカレンダーには、365日聖人の名前が書いてある。この守護聖人カレンダー、その昔、フランスで子どもの名付けに活用されていたそうだ。

その習慣が今も根付いているのか、フランスではいまだに誕生日にちなんだ聖人の名をつけることが多いらしい。誕生日を聞けば名前がだいたい解る、なんて話もあるくらいだ。

なんだそりゃ、アバウトな話だなあと思ったが、考えてみれば田んぼの中に澄んでるから田中、山の下に住んでるから山下、なんて名字をつけた日本人も負けず劣らずか。

ちなみにわたしの誕生日は聖マリアの奉献日。ということは、フランス人だったらマリーになっていたのかね。




あああ、来年のダイアリー買わにゃあ。












鎖骨はどうして「鎖の骨」かというと、古代中国で、囚人が逃げないよう体に穴をあけ骨に鎖を通した、というのが由来だそうだ。

痛い。痛すぎる。鎖骨って何か繊細で儚げな、美しいパーツだと思ってたが、美しいなんて言ってらんない名前だ。逃げないようにってそんな「とりあえず」感でとんでもないとこに穴を開けちゃう、そのアバウトな残虐さがいかにも古代中国らしい。人豚、凌遅、人肉饅頭の国だもんね。




古代中国と骨、といえば、『封神演義』だったか、仙人には生まれつき仙骨という骨がある、という話があった。わたしは一時期仙人に憧れてた時期があって、『列仙伝』なんかを読んで穀断ちを実践しようかと思ったりもした。松の葉を噛んでみたり呼吸法をまねてみたり。房中術は……実践する相手がなかったから無理だったが……。


実際はどんな人間にも仙骨はあって、骨盤あたりの骨のことをそう呼ぶらしい。と、大人になってだいぶ経ち、もう仙人のことは忘れかけたころに、知った。







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