ゆめ か うつつ か
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開始二分前に、突然トイレに行きたくなってしまったのだ。
学校は由緒あるミッションスクールで、今日は朝礼のあと、新築したばかりの大聖堂〈カテドラル〉で創立百周年記念式典がある。聖歌や説教等、いずれ眠気を催す式次第には違いないが、遅刻欠席は更に面倒なことになる。しばし考えた末、階段の下に、生徒は使用禁止の教員用トイレがあることに思いあたった。しょうがない、あそこに行こう。朝礼までに戻ればよい。
ざわつく教室を抜け出し、誰も居ない階段を小走りに降りると、カテドラルへと繋がる渡り廊下だ。廊下にひと気が無いのを確認すると、わたしは素早くトイレに入った。みっつあるうちのいちばん手前の個室へ急ぐ。そうして細心の注意を払ったにも関わらず、個室のドアを開けたとたん誰かにぶつかった。すみませんでした先生、と殊勝げに言いかけ、目の前に居るのが同い年くらいの女の子だと気づいた。病的なほど白い肌、ピンク色の髪に紫色の派手な制服。校則違反にもほどがある、と目を見張ると、あちらもまじまじとわたしを見返し、言った。
「どっから手にいれたの、そんなアンティーク。創立200周年記念祭の仮装?」
……ぱたんと扉を閉め、息を整えてから、今度はいちばん手前の扉を開けてみた。すると、今度はえらく古風な袴着の女学生が眉を潜める。
わたしは悟った、いちばん手前は百年後、いちばん奥は百年前ならば。
正しい時正しい場所にあるのは真ん中だけだと中の扉を開けると、そこにはもうひとりのわたしが驚愕の表情で佇んでいたので、ああきっとわたしも同じような顔をしているのだな、と思った。
学校は由緒あるミッションスクールで、今日は朝礼のあと、新築したばかりの大聖堂〈カテドラル〉で創立百周年記念式典がある。聖歌や説教等、いずれ眠気を催す式次第には違いないが、遅刻欠席は更に面倒なことになる。しばし考えた末、階段の下に、生徒は使用禁止の教員用トイレがあることに思いあたった。しょうがない、あそこに行こう。朝礼までに戻ればよい。
ざわつく教室を抜け出し、誰も居ない階段を小走りに降りると、カテドラルへと繋がる渡り廊下だ。廊下にひと気が無いのを確認すると、わたしは素早くトイレに入った。みっつあるうちのいちばん手前の個室へ急ぐ。そうして細心の注意を払ったにも関わらず、個室のドアを開けたとたん誰かにぶつかった。すみませんでした先生、と殊勝げに言いかけ、目の前に居るのが同い年くらいの女の子だと気づいた。病的なほど白い肌、ピンク色の髪に紫色の派手な制服。校則違反にもほどがある、と目を見張ると、あちらもまじまじとわたしを見返し、言った。
「どっから手にいれたの、そんなアンティーク。創立200周年記念祭の仮装?」
……ぱたんと扉を閉め、息を整えてから、今度はいちばん手前の扉を開けてみた。すると、今度はえらく古風な袴着の女学生が眉を潜める。
わたしは悟った、いちばん手前は百年後、いちばん奥は百年前ならば。
正しい時正しい場所にあるのは真ん中だけだと中の扉を開けると、そこにはもうひとりのわたしが驚愕の表情で佇んでいたので、ああきっとわたしも同じような顔をしているのだな、と思った。
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――ダンナは要らないから子供は欲しいな。単性生殖したい。単細胞生物みたいに、分裂できればいいのに。
――ものすごく愛するか、ものすごく憎むかのどっちかだろうな。自分と全く同じ遺伝子の生き物だろ、結局自分と対話するようなもんだぜ。徹頭徹尾引きこもり。究極の自己愛。
――そりゃそうだけど。でも、知ってるかな? ミドリムシだかなんだか、単細胞生物でも、分裂回数には限界があるんだって。無限に分裂し続けるかに見える単細胞にも寿命がある、ある程度分裂すると劣化するんだろうね、コピーを何度も繰り返すとぼやけていくように。でね、ここからが面白いんだけど、分裂で増殖する単細胞でも、他の単細胞と融合することがあるんだって。ふたつがひとつになるわけではなく、あくまで1+1=1+1、融合後はまたひとつひとつに戻ってゆくけれど。そうしてフレッシュな細胞をとりこむことにより分裂回数が増える、つまり細胞の寿命を伸ばす。単細胞生物でさえほかとの融合を欲することがあるのに、まして人間が誰かとくっつきたがるのは、当たり前に仕方のないことなのかなあって。
――所詮、独りでは生きられないってことか。身にしみるね。
*
・・・・・・・つまりは細胞単位から人生やりなおしたい、今度こそすべてがうまくいくように、っていう大変ダメダメな思考なのではないかと今ふと思った。
――ものすごく愛するか、ものすごく憎むかのどっちかだろうな。自分と全く同じ遺伝子の生き物だろ、結局自分と対話するようなもんだぜ。徹頭徹尾引きこもり。究極の自己愛。
――そりゃそうだけど。でも、知ってるかな? ミドリムシだかなんだか、単細胞生物でも、分裂回数には限界があるんだって。無限に分裂し続けるかに見える単細胞にも寿命がある、ある程度分裂すると劣化するんだろうね、コピーを何度も繰り返すとぼやけていくように。でね、ここからが面白いんだけど、分裂で増殖する単細胞でも、他の単細胞と融合することがあるんだって。ふたつがひとつになるわけではなく、あくまで1+1=1+1、融合後はまたひとつひとつに戻ってゆくけれど。そうしてフレッシュな細胞をとりこむことにより分裂回数が増える、つまり細胞の寿命を伸ばす。単細胞生物でさえほかとの融合を欲することがあるのに、まして人間が誰かとくっつきたがるのは、当たり前に仕方のないことなのかなあって。
――所詮、独りでは生きられないってことか。身にしみるね。
*
・・・・・・・つまりは細胞単位から人生やりなおしたい、今度こそすべてがうまくいくように、っていう大変ダメダメな思考なのではないかと今ふと思った。
長野の古本屋で反古を掘り起こしていたら『初等小學作文大全』という本を見つけた。古風な和とじで、明治十四年出版、二十五銭也。編者の記載がまたものすごい。「千葉県平民」「長野縣士族」と、いちいち身分を記してある。
初等というからにはせいぜい十に満たぬ小児が学んだはずだが、しかし、而立のわたしも目次がやっと。
「生鮭を餉る文」、「時計の繕ひを頼む文」、「大雷見舞の文」など、庶民の実用重視かと思えばいきなり「炉開きの客を招く文」など風流なものもある。
いちばん読みやすかったのが電信用のカタカナ文。
「逃人ヲ尋ル文
テダイ タレ ニケタ マイレハ トリオサヘヲコフ」(手代誰逃げた、参れば取り押さえを乞う)
そのほかは…こんな感じ。
「入熟(塾)を頼む文
豚児貴先生親炙洋学仰業致し度く懇望…略 」
豚児って自分の子を謙遜した言い方(愚息みたいな)だけど、酷い言葉だなア。
ほとんど漢文。
初等というからにはせいぜい十に満たぬ小児が学んだはずだが、しかし、而立のわたしも目次がやっと。
「生鮭を餉る文」、「時計の繕ひを頼む文」、「大雷見舞の文」など、庶民の実用重視かと思えばいきなり「炉開きの客を招く文」など風流なものもある。
いちばん読みやすかったのが電信用のカタカナ文。
「逃人ヲ尋ル文
テダイ タレ ニケタ マイレハ トリオサヘヲコフ」(手代誰逃げた、参れば取り押さえを乞う)
そのほかは…こんな感じ。
「入熟(塾)を頼む文
豚児貴先生親炙洋学仰業致し度く懇望…略 」
豚児って自分の子を謙遜した言い方(愚息みたいな)だけど、酷い言葉だなア。