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①紫色の闇の中、鋭角的な月を見た。
ぼうと浮かび上がる中国風の破風や欄干、中庭の植物は熱帯のものだった。とするとここは沖縄か台湾かはたまた越南あたりか、いずれにせよ南方中華文化圏になるのだろう。欠けた月を眺めわたしは考えていた、
なぜ ここに いるの だろうか?
羅紗のカーテンの向こう、すこやかに眠る顔ぶれには覚えがあった。中学、高校、大学と共に学んだ同級生、知人でこそあれ親しく話したこともない彼らとともにわたしはなぜここにいるのか?
「だって、修学旅行だもん」
傍らのRがこともなげに言った、そうか、修学旅行か。と、わたしは思った。そういわれればそんな気もしたが、楽しげに 明日はいよいよ帰る日だね とか 楽しかったね と語る彼女にうなずくほどの実感は無かった。
ただ
「お土産は何を買った?」
と 問われて初めて、ああそうだ土産を買わなければ、という焦燥感がこみあげてきた。
今この瞬間をわたしと分かち合えない人、わたしが自分よりも大切だと思っている人に、わたしが今ここに、あなたの居ないところに「居る/居た」のだという証を、贈るために。
わたしは中庭を抜け出し車に乗り込むと、夜半の道をバザールに向けて奔り出した。
②静かな市場だった。屋台の灯りが延々と続いている。
行き交う人々はみな無言で、物売りさえも眠たげな目を時折こちらに向けるだけだ。ここにあるのは果物や日用生活品の類で、記念になりそうな品物はとりたてて見つからなかった。
わたしはひそかに失望したが、そのうちに、どの屋台の軒先にも必ず小さなオブジェが吊り下げられていることに気づいた。
それは一見して根付のように見えたが、素材や色が異なる上に、猫や鳥などある種の動物や貝や花、果物など種々さまざまな形状をしていたので、わたしは最初、それらが同じ名前で呼ばれているのに気づかなかった。ただ共通しているのは、どこかしらに錐で開けたほどの小さな穴が開いていることだ。
これは何かとたずねたら、店の親父はひとこと
「ズズマモリ」
と答えた。
そしてわたしに、その小さな穴を覗いてみろと促したので、わたしは猫の形のズズマモリを取り上げた。
穴を通して透かし見た向こう、親父の顔は猫にすげかわっていたのでわたしは驚いて目を離した。親父は元通り、つまらなそうな顔をしていた。
ズズマモリを覗くと、生きて動くものが全て そのズズマモリの形状に見えるのだという。
猫なら猫に。花なら花に。
或いはそれは、万華鏡や3Dめがねのたぐいの視覚効果であったのかもわからない。しかしわたしはそのズズマモリがいたく気に入り、旅の思い出にぜひひとつ入手したいのだが・と、親父に頼みこんだ。
親父が意外にもこころよく譲ってくれたので、わたしはそのバザール中の店先にあるズズマモリを集めて回った、彼らは一様に言葉すくなで無表情であったので、しまいにはわたしはこの人々は本当に眠って居るのではないかと思ったほどだ。
そしてわたしはとりどりのズズマモリを手に、一晩中でもとろとろと続いていきそうなそのバザールを後にした・・・
③どこまでも見知らぬ平野が続いている。
わたしは不安な気持ちで先を急いでいた、迷ってしまったのだ。何とかして朝までに宿に戻らねばならない。
不意に暗い草原の向こう、月明りに幾つもの光が反射しているのが見える。街ならばありがたい、人に道を尋ねることができる。
中華風の屋根、羅紗のカーテンの向こう、わたしが知る・わたしを知る人々が安らかに眠る宿はどこですか?
しかし近寄ってみるとそれは月明りの下、白い裸身も露に飛び跳ねている少女たちだった。狂ったように踊り続ける彼女らにいくら呼び掛けても応答はなく、わたしは思い切ってひとりの腕を掴まえた。
怯える様子もなく、少女はわたしの目をまっすぐに見つめ返した。くろぐろと潤んだ瞳はまばたきひとつせず、わたしはこの漆黒に吸い込まれてしまうのではないかと思った。
どことなく小鳥の瞳を思わせる彼女、羽のように身の軽い彼女に、とにかく大きな道に出たいのだが、としどろもどろに尋ねると、少女は笑って暗闇の一方をゆびさした。
④道はますます狭くなる一方で、しまいには車がやっと通れるほどだった。
騙されたかな、と思い始めたとき、出し抜けに、塀に囲まれた大きな屋敷が見えた。塀の終わりは見えず、道の先は塀の向こう、屋敷の中に続いているようだ。
「この先は、この屋敷の私道になっているんじゃないかな」
Rが言った(奇妙なことに、彼女はこれまでの道筋の間ずっとわたしの傍らに居たのだが、わたしはそのことをほとんど自覚していなかったので、この言葉でようやく彼女の存在を思い出した)。
道を尋ねるにしろ通行の許可をもらうにしろ、屋敷を訪問しなければならない。
わたしたちは車を降り、荒野の中のただひとつの建造物、白亜の屋敷の呼び鈴を鳴した。
どうか街までの道を教えて欲しい、と頼み込むと、無機質な声が…声だけが、どこからかわたしたちを屋敷の中へと招き入れた。
「こちらでお待ちください」
ヴィクトリア風の家具が並ぶ豪華な応接間には、先客が居た。
その中年の温和そうな男性は、私たちを見て立上がり優雅に一礼すると、ややぎこちなく尋ねた。
「あなたもパーティーにいらしたのですか」
いや、わたしたちは道に迷ったのだ。そう言うと彼は幾分気を許したかのようにほほ笑んだ。
「失礼、いや、この屋敷の女主人はとても気難しい人でね」
彼女のパーティに参加するのはこの上ない栄誉だが、気紛れな彼女は一晩にごく少数の客しか認めない。
彼は熱心に屋敷に通いつめ、今宵こそはと期待しながら幾夜を過ごしたが未だその光栄に浴してはいないのだという。
おりしも扉の向こうでは饗宴が始まったようだった。またもや不思議な声が響き、続きの間への扉がひとりでに開く。
「主人の言いつけにより、本日のゲストにおいでいただきたく思います」
そう言われたのはわたしとRだけだった。わたしたちは当惑していたが、ともかくも行かなければこれ以上進むことができない。ためらいがちに扉をくぐり ちらりと元の部屋を伺うと、呆然と立ち尽くす哀れな男が見えた。
この鳥かごのような部屋で、わたしたちはこれから、この屋敷の女主人を見つけ出し 挨拶しなければならない……
~つづく
*
うとうと、十分くらいの間に見たゆめ。
ルソーの絵みたいに幻想的だった。
「つづく」ところで、おしまいなの。ようやく全部書けた!ズズマモリのくだりはお気に入りだけど、全編通してこの夢はとても、楽しかった。