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ゆめ か うつつ か
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●わたしは浴室で体を洗っている。

脚をもぎ腕をちぎり、流れる血をすすいでやがて白く軽い骨がすきとおるまで、食器を洗うように、宝石を磨くようにひとつひとつ丁寧に扱う。 

痛みは感じない。わたしはわたし自身を解体し、陳列棚の商品のようにうやうやしく並べていく。
これら全ての行程を、白いタイル張りの床に置かれたわたしの頭が眺めている。


●美術館の中で迷子。

わたしはとある美術館ツアーに参加している。この歳にもなって引率つきの社会科見学というわけだ。団体客はみな小羊のようにおとなしく、ベルトコンベアで運ばれてゆく完成された製品のように行儀良く進んで行く。単調な道のり。ふと悪戯心を起こしてわたしは道を逸れる。前衛美術の暗い部屋、腰まで埋めつくす紙屑をかきわけ進んでいると、わたしの後ろにはいつの間にかおびただしい数の人間が付いて来ている…。

●どこからかブラームスが聞こえてくる。 

残り香のように微かな音を辿って行くと、見知らぬ少年がわたしを呼び止める。
彼はチェロの弓だけを持ち、不安と憧れできらきら輝くまなざしをわたしにそそいでいる。そ
れでわたしは彼の願いを知り、幾分くすぐったい気持ちで言う。 

「でも、会ったばかりなのに?」 

「どうか、お願いです」 

懇願するようなその声に、わたしは黙って服を脱ぎ、少年に体を差し出した。一瞬の後、わたしの体は飴色に輝くチェロと化し、少年はいとおしげにわたしの体を奏で始める。


●果てしなく広い美術館のなかで、わたしは迷子だった。
独りではなかった、わたしの後ろに続く人びとのささめきが絶えずわたしを追い立てていたから。

「間に合わないよ」
「間に合わない」
「帰れなくなるよ」

そのくせ後ろを振り向くと彼らは幽霊のように押し黙ってしまうのだ。独りよりもなお悪い、とわたしは思った。

このままこの薄暗い墓場のような美術館で迷い続けるくらいなら…

わたしは足を止め、とんとんと爪先でリズムを取り始めた。
場所に行くのではなく場所を呼び寄せる呪術、

踊る、7枚のベールの踊りを。天女散花の舞いを。

見る間に風景が砂状に崩壊していく。わたしを追う幽霊たちも薄れ消えて行く。 

やがてわたし自身が影になるまで、わたしは踊り続けた。





夢のかけら。



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