ゆめ か うつつ か
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その島は大きく分けて四つの地域に区分されていた。南部から東部にかけての沿岸部には人喰い人種が住み着いており、北部は獰猛な野獣の住家である熱帯のジャングルに覆われ、西部には砂漠が広がる。とどのつまり海からの上陸は不可能に近い。山脈に囲まれた中央にある黄金の都に辿り着くためには船で何日も河をさかのぼらなければならないが、その河は細い急流で雨期にならねば航行が出来ない。
要するに、私たちは進退極まっていた。
「さて、どうするね?」
隻腕のキャプテンが呟いた、海賊上がりの彼は、勇気と智謀に満ち、諦めを知らず、常に正しい判断を見誤らないという驚嘆すべき人物であり我々の旗印だったが、その時ばかりはいささか落胆を隠し切れない口調だった。その場には銀髪の航海長…あらゆる経験からいかなる困難をも捌ききる度量を有している老人、双子のようにうりふたつの顔をした水夫たち…彼らはまた恐ろしく巧みに風を読んだ、中国人の料理女…彼女の創意溢れる料理法は毎日同じ食材を使っても飽きさせなかった、金髪の歌姫…彼女の芸術はしばしば我々を慰めた…などが揃っていたが、何の解決法も出なかった。
私は沈黙に耐え兼ねて
「空を飛ぶしかないでしょうね」
とおどけたが、まさかそのふざけた提案が採用されるとは思ってもみなかった。
かくして明くる日から海鳥の捕獲競争が始まった、一番多く捕らえた者には都に誰よりも早く足を踏み入れる権利が与えられると聞いて我々は張り切った、それは、いつの間にか海の直中でなす術もなく漂っているところを拾われた、何のとりえもない私をも奮起させた。
この辺りの鳥は人を警戒する習慣になかったので、いともたやすく捕獲することができた。鳥寄せのための数々の細工の中でも一等素晴らしかったのは、歌姫のアリアだった。彼女は巧みに鳥の声色を真似、求愛の歌で鳥を惹き寄せるので、上陸の優先権は彼女に譲られることとなった。
数えて五千羽を超える鳥を虜にした頃、船はすでに海面から離れ空中に浮かぶようになっていた。慎重を期したキャプテンは更に五千羽の鳥を追加し、船は軽々と空の高みを走るようになった。
一万羽の鳥に曳かれ空を往く船はこの世ならぬ光景だったに違いない。光輝く中央の都で私たちはかつてない歓待を受け、この独創的な入港を思いついた私は都から勲章を授けられ、「有翼の人」として以後都が滅ぶまで永遠に栄誉市民の称号を与えられた。気がつけばこの世界に身の置き所もなく漂っていた私の、これこそが最初で最後の 存在の証 であった。
「どこかには辿り着きたい」というのが拾われた当初からの私の口癖であり、キャプテン以下船の乗組員たちは私が都にとどまることを信じて疑わなかった。それは他ならぬ私自身の決意でもあったので、船が翼のことごとくを解放し、ようやくもたらされた雨期に乗じて旅立つ間際になって、再び船に乗ることを希望したのは我ながら正気の沙汰ではないと思った。しかしキャプテンは動じなかった。
「では君に、何か役目を与えよう」
葉巻をくゆらせながら彼は言った。
「絶えず新世界を夢み、そこに向かう意思を持ち続ける羅針盤守りはどうかね?」
私に異存はなかった。思えば「どこかには辿り着きたい」という願いそのものが私のすべてであるからには、辿り着いてしまってはいけないのだ、それは死を意味するのだ、さまようことが私の使命であると悟ったからには。
今や船は帆を掲げ河を下りはじめている。私が居る限りこの船は沈むことはないだろう。
未来は洋々として定まらぬ海のように深く 青い。
要するに、私たちは進退極まっていた。
「さて、どうするね?」
隻腕のキャプテンが呟いた、海賊上がりの彼は、勇気と智謀に満ち、諦めを知らず、常に正しい判断を見誤らないという驚嘆すべき人物であり我々の旗印だったが、その時ばかりはいささか落胆を隠し切れない口調だった。その場には銀髪の航海長…あらゆる経験からいかなる困難をも捌ききる度量を有している老人、双子のようにうりふたつの顔をした水夫たち…彼らはまた恐ろしく巧みに風を読んだ、中国人の料理女…彼女の創意溢れる料理法は毎日同じ食材を使っても飽きさせなかった、金髪の歌姫…彼女の芸術はしばしば我々を慰めた…などが揃っていたが、何の解決法も出なかった。
私は沈黙に耐え兼ねて
「空を飛ぶしかないでしょうね」
とおどけたが、まさかそのふざけた提案が採用されるとは思ってもみなかった。
かくして明くる日から海鳥の捕獲競争が始まった、一番多く捕らえた者には都に誰よりも早く足を踏み入れる権利が与えられると聞いて我々は張り切った、それは、いつの間にか海の直中でなす術もなく漂っているところを拾われた、何のとりえもない私をも奮起させた。
この辺りの鳥は人を警戒する習慣になかったので、いともたやすく捕獲することができた。鳥寄せのための数々の細工の中でも一等素晴らしかったのは、歌姫のアリアだった。彼女は巧みに鳥の声色を真似、求愛の歌で鳥を惹き寄せるので、上陸の優先権は彼女に譲られることとなった。
数えて五千羽を超える鳥を虜にした頃、船はすでに海面から離れ空中に浮かぶようになっていた。慎重を期したキャプテンは更に五千羽の鳥を追加し、船は軽々と空の高みを走るようになった。
一万羽の鳥に曳かれ空を往く船はこの世ならぬ光景だったに違いない。光輝く中央の都で私たちはかつてない歓待を受け、この独創的な入港を思いついた私は都から勲章を授けられ、「有翼の人」として以後都が滅ぶまで永遠に栄誉市民の称号を与えられた。気がつけばこの世界に身の置き所もなく漂っていた私の、これこそが最初で最後の 存在の証 であった。
「どこかには辿り着きたい」というのが拾われた当初からの私の口癖であり、キャプテン以下船の乗組員たちは私が都にとどまることを信じて疑わなかった。それは他ならぬ私自身の決意でもあったので、船が翼のことごとくを解放し、ようやくもたらされた雨期に乗じて旅立つ間際になって、再び船に乗ることを希望したのは我ながら正気の沙汰ではないと思った。しかしキャプテンは動じなかった。
「では君に、何か役目を与えよう」
葉巻をくゆらせながら彼は言った。
「絶えず新世界を夢み、そこに向かう意思を持ち続ける羅針盤守りはどうかね?」
私に異存はなかった。思えば「どこかには辿り着きたい」という願いそのものが私のすべてであるからには、辿り着いてしまってはいけないのだ、それは死を意味するのだ、さまようことが私の使命であると悟ったからには。
今や船は帆を掲げ河を下りはじめている。私が居る限りこの船は沈むことはないだろう。
未来は洋々として定まらぬ海のように深く 青い。
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