ゆめ か うつつ か
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群馬・長野はその立地から、鶏や茸・山菜を使った釜飯を名物としているところが多い。横川の「峠の釜飯」しかり、高崎の「とり釜飯」しかり。
なかでもいちばん美味しい釜飯は?と問われたら、わたしは迷いつつもみなかみ「山水の舞茸釜飯」を推す。山水というのはホテルの一階に設えられた小料理屋なのだけど、味はもとより女将さんのこころづくしが嬉しい店で、かねてよりわたしとmお気に入りの釜飯処なのだ。遠方ゆえたびたび行けないのが難点だが、だからこそ恋しく思うのだろう。
その山水に、つい先日行ってきた。折からの震災で外食産業は不景気だというし、応援ではないが様子を見がてら美味にありつこうと雪中ドライブを敢行した。上牧を過ぎるころには車もまばらとなり、みぞれが雹になるころに店に着いた。がら空きだったが、店は律儀に空いていた。
女将さんは変わらずあたたかいひとで、お茶の出し方ひとつ取ってもゆきとどいたふうだったが、地震の話になるとやはり、身を乗り出して話していた。
「ええまあ、こちらは水上みなかみというように、利根川の源流でしょう。畑も発電所もありますし、いざと言うときの水や食べ物、電気には事欠きませんが、石油がねえ。みなかみから高崎まで通っている方も、おりますし。何せ車が動きませんと」
戦中・戦後も、都市部に比べ農村部は食べ物に困らなかったというが、60余年を経てもやはりそうなのか、と感じいった次第。

なかでもいちばん美味しい釜飯は?と問われたら、わたしは迷いつつもみなかみ「山水の舞茸釜飯」を推す。山水というのはホテルの一階に設えられた小料理屋なのだけど、味はもとより女将さんのこころづくしが嬉しい店で、かねてよりわたしとmお気に入りの釜飯処なのだ。遠方ゆえたびたび行けないのが難点だが、だからこそ恋しく思うのだろう。
その山水に、つい先日行ってきた。折からの震災で外食産業は不景気だというし、応援ではないが様子を見がてら美味にありつこうと雪中ドライブを敢行した。上牧を過ぎるころには車もまばらとなり、みぞれが雹になるころに店に着いた。がら空きだったが、店は律儀に空いていた。
女将さんは変わらずあたたかいひとで、お茶の出し方ひとつ取ってもゆきとどいたふうだったが、地震の話になるとやはり、身を乗り出して話していた。
「ええまあ、こちらは水上みなかみというように、利根川の源流でしょう。畑も発電所もありますし、いざと言うときの水や食べ物、電気には事欠きませんが、石油がねえ。みなかみから高崎まで通っている方も、おりますし。何せ車が動きませんと」
戦中・戦後も、都市部に比べ農村部は食べ物に困らなかったというが、60余年を経てもやはりそうなのか、と感じいった次第。
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わたしは子どもを背負っていた。
間一髪、乗り込んだ船は荒れ狂う大地を後にし、静かで穏やかな海へと乗り出す。助かった、やっと地上を逃れることができた。ほっとして辺りを眺め気がついた、船にはデッサンが狂ったように曖昧な人影がひしめいている。厭な予感に背中の子を下ろすと、なまあたたかいその子は、いつの間にかひとかたまりの肉になっている。かおも目も鼻もくちもない、ふるふると震えるピンク色の肉塊。やがて周囲の人々の輪郭がゆるやかに溶けだし、出来損ないの豚のようなかたちに変化する。わたしはいつの間に豚の船に乗ってしまったのだろう?
当惑するわたしに、今や肉の塊と化した子どもが言う。
「海の向こうに、ほんものの豚になれる国があるの。わたしたちは皆、ほんものの豚になりにいくんです」。
こんなまがいものでなく、きれいなかたちを保ち、金色の産毛が透ける、まるまると太った美味しそうな豚に。
「果てしない旅の終わりに立派な豚になったなら、どうぞ美味しくわたしをおあがりね」。
呆然とするわたしの耳に、やがてごうごうと地鳴りの音が響く。
間一髪、乗り込んだ船は荒れ狂う大地を後にし、静かで穏やかな海へと乗り出す。助かった、やっと地上を逃れることができた。ほっとして辺りを眺め気がついた、船にはデッサンが狂ったように曖昧な人影がひしめいている。厭な予感に背中の子を下ろすと、なまあたたかいその子は、いつの間にかひとかたまりの肉になっている。かおも目も鼻もくちもない、ふるふると震えるピンク色の肉塊。やがて周囲の人々の輪郭がゆるやかに溶けだし、出来損ないの豚のようなかたちに変化する。わたしはいつの間に豚の船に乗ってしまったのだろう?
当惑するわたしに、今や肉の塊と化した子どもが言う。
「海の向こうに、ほんものの豚になれる国があるの。わたしたちは皆、ほんものの豚になりにいくんです」。
こんなまがいものでなく、きれいなかたちを保ち、金色の産毛が透ける、まるまると太った美味しそうな豚に。
「果てしない旅の終わりに立派な豚になったなら、どうぞ美味しくわたしをおあがりね」。
呆然とするわたしの耳に、やがてごうごうと地鳴りの音が響く。
非常時における日本人の態度が国際的に称賛を浴びたらしいが。
それはそれで素晴らしいことだが、「イッツ・ジャパニーズ!」って皮肉もちょっと感じてしまった、冷静で規律を守り大人しく団体の和を乱さないというのは、わるく言えば不感症で自発性に乏しく、団体でないと動けないということだもの。
日本人のこうした態度は民度やらモラルがどうと言うよりは、もっと素朴な反応に思える。条件反射というか。
アジア特有の儒教文化、道徳観念もさることながら、かつて日本にあった農耕主体のムラ社会伝統とかね。ムラでは個人でたちゆかない作業が多く、助け合いの精神が生まれそして村八分など負の要素も生まれた。土壌としての日本のムラ制度、相互扶助がいまだ生きているのだとすると素晴らしい、素晴らしくて恐ろしい。
政府の言にいともたやすく右往左往、今ですらこうなんだから戦時下で玉砕とか言われたらその気になっちゃったんだろう。「やまとダマシイ」(やまと心とは一線を画する)の根っこは深い。
そう、だから、トム・クルーズはサムライになれないだろうが、座頭市が欧米人というのはアリだ。異人は流れ者、鬼子となる運命だから。
それはそれで素晴らしいことだが、「イッツ・ジャパニーズ!」って皮肉もちょっと感じてしまった、冷静で規律を守り大人しく団体の和を乱さないというのは、わるく言えば不感症で自発性に乏しく、団体でないと動けないということだもの。
日本人のこうした態度は民度やらモラルがどうと言うよりは、もっと素朴な反応に思える。条件反射というか。
アジア特有の儒教文化、道徳観念もさることながら、かつて日本にあった農耕主体のムラ社会伝統とかね。ムラでは個人でたちゆかない作業が多く、助け合いの精神が生まれそして村八分など負の要素も生まれた。土壌としての日本のムラ制度、相互扶助がいまだ生きているのだとすると素晴らしい、素晴らしくて恐ろしい。
政府の言にいともたやすく右往左往、今ですらこうなんだから戦時下で玉砕とか言われたらその気になっちゃったんだろう。「やまとダマシイ」(やまと心とは一線を画する)の根っこは深い。
そう、だから、トム・クルーズはサムライになれないだろうが、座頭市が欧米人というのはアリだ。異人は流れ者、鬼子となる運命だから。