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ゆめ か うつつ か
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わたしは湯気の立つカップを片手に、むらさき色の空を見上げていた。

中世風のサロンでは、さまざまな国、さまざまな時代の人間が思い思いに腰掛け或いは茶を飲み、或いは煙草を喫んでいる。 ポンペイの貴婦人がアステカの王族と恋を語らい、清の宦官がカストラートと我が身の不幸をかこちあう。 
月に照らされたパティオ(中庭)の木陰で、ベールを被った女が眠っていた。

かれこれ十日ほど、わたしはこのホテルで何かを待っているのだった。
何か。
自分を変化させるもの、自分の未来、もしくは自分の運命そのもの…そういう類いの「何か」。

木々の合間、影絵のように微動だにしない鳥の群れを見上げわたしは思った。じき夜になる。

不意に一羽の鳥が鋭い叫び声をあげた、けたたましい羽音を立てて木から一斉に飛び立つ鳥の群れ、無数の羽と木の葉がわたしに降り注ぐ。

その途端、にわかに視界がぐるりと回り、わたしはわたしを見下ろしているのを感じた。

…飛んでいる!

群れの中、何よりも明確な意思が電気のようにぴりりとわたしを通して伝導する、

右、翼、翻せ

意思に従うと、世界がひとつ寝返りをうつ。
もっと遠く、もっと高く !

閃光のようにひらめいては消えるきれぎれの意識に紛れ、あたたかな声がわたしに届いた。

〈おかえり〉
〈おかえり〉
〈待っていたよ〉

待ちわびた時を迎えたわたしは至福の思いで空を舞い旋回する、
次第に遠く小さくなる中庭の片隅に、かつてのわたしの からだ が見えた。

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海の向こうに「常世」があると女は言った。 





気がつけばわたしは塩辛い砂に顔を埋めていた。女がひとり、わたしを覗き込んでいる。一心にこちらを見つめる人形めいた白い顔、嵌め込まれたような黒い瞳はくろぐろとうるんで鏡のようにわたしを映し出した。自分がひどく情けない顔をしているのが分かりわたしは顔を背けた、女はくすくす笑うとわたしを助け起こし、海の近くにある自分の住まいへ連れていった。女は何も訊かなかった、訊かれても答えようもなかっただろう。わたしに記憶は一切無かった。

そしてひとつめの夜がやってきた。わたしはとめどない不安に寝返りを打ち続けた、目を閉じても闇、開いても闇であった。過去にも未来にも光ひとつ差さない、わたし自身が無明の闇なのだ。

不意に自分にのしかかってきた黒い影を撥ね除け、わたしは思わず飛び起きた。掴みかかってくる影と無言で格闘するうちに、頬を打つ冷たい髪と細い腕が他ならぬ女のものだと気付く。途端に全身の力が抜けて行った、夢魔のごとく蠢く女にわたしは身を任せた。他にどうしようもなかった。

他にどうしようもなく、わたしは女と暮らすようになった。女は美しかったが、知性のかけらもなく始終くすくす笑ってはわたしの後ろを付いて回った。そういう女にありがちなように年齢はわからなかった。ただ夜毎水母のように絡み付いてくるその身体の冷たさがわたしをぞっとさせた。

浜に出ては貝や藻草や小魚を拾う日々が過ぎていった。女は嬉しそうにわたしの後ろを付いて回り、他の連中はといえば、突然集落に現れたわたしの存在を見事に無視した。まるで初めから居ない者のように…あるいは初めからそこに居た者のように。彼らはわたしという人間の存在を気にもかけないようだった。

水底のように静かな集落、魚の群れめいて無口で鈍い人々の間にも事件は起こる。
物持ちの家から丹塗りの器が消えたという噂が小波のように辺りを騒がしたのは、もはや数えきれぬほどの夜を過ごした頃だった。わたしは変わらず彼らに無視され続けていたし、わたし自身にしてもそんなことに関心は無かったので、それは単調な日々に紛れてしまうはずだった。女が見たこともない赤い器をどこからか取り出して来くるまでは。
それまでも、女が不釣り合いなほど美しい首飾りや上等の着物を身に着けていることがあった。どこで手に入れたかなどと尋ねるまでもない、浜には時折そういった値打ち物が流れ着くことがあったからだ。しかし今回は違う。わたしは女を問い詰めた。女は浜に流れてきたのだと言い張った、だがわたしは知っていた。女は盗んだものを海に捨て、それを再び拾ったのだ。

―うみのむこうからながれてきたものは、ぜんぶあたしのものだから―

女はたどたどしく言い訳した。海の向こうには常世がある。海に流され戻って来たものは誰のものでもない、新しいモノに生まれ変わる。
海に捨て、拾う。女にとってそれは所有の権利を得るための儀式なのだ。黙り込んだわたしに、機嫌を直したと思ったのか女はにわかにきらきらと瞳を輝かせ、呟いた。

…あなたも、ながれてきたよね?

その一言はわたしをぎょっとさせた。
まさか私もこの女に呼び寄せられたというのだろうか?

その頃になるとわたしは女に、海に、この場所に、逃げ場の無い日々にうんざりしていた。わたしは逃げ出したかった。女の一言はわたしの決意をうながした。
逃げよう。もうどこでもいい、ここでさえなければ。女の痩せた身体を手荒く扱いながらわたしは思った。どこだってここよりはマシだ。どっちを向いても希望のかけらすらないこの地よりは。

そして真夜中に、わたしはその小屋を抜け出した。だが一体どこに行けば良いというのか?どこに辿り着こうというのか?月も星も無い黒い空を見上げ途方に暮れるわたしの耳に、かたりという物音が聞こえた。振り向くと、闇の中に白いものが佇んでいる。 

女だった。 

すはだかの女が戸口に立っている。うなだれ、両手で自分の身体を抱きしめているその様子はひどく頼りなげで、わたしは初めて女を憐れに思った。
いくの?女はあどけなく呟いた。またいってしまうの?女は首を傾げ、おずおずとわたしに近付いた。
また?
わたしの問いに頓着せず、女は緩慢な動作で片手をふりあげた。その手には鈍く輝く鉈が握られていた。
ゆるやかな、しかし的確な一撃をしたたか頭に受けながらわたしは思った。

―ああ、また海に流されるのだな―

何度でもわたしは殺されるだろう、流されるだろう、戻って来るのだろう。常世に拒まれた者の行き着く先であるこの場所へ。



その海沿いの街では、冬になると赤い雪が降った。

「昔、この街の巫女が海の向こうから来た男と恋をしたの。時が来て男は船に乗り街を去った、遠くとおく、新たな楽土を目指して。巫女は狂気のうちに嵐を呼び寄せ、男の船は空に巻き上げられた。不実な男は風にさらわれ、その身体は永遠に虚空をさまようことになった。そうして冬になるとこの街にやってきてはそのばらばらになった身体から血を滴らせるのよ」

「かなしい話だね」
ぼくは女の瞳を覗き込んだ。女は弱々しくぼくを見詰め返すと、次の瞬間にはもうこときれていた。

雪が降り始めていた。

世界はほの明るい桃色にけぶりはじめ、ぼくはやつざきにした女の手足、すんなりと美しい身体を庭のそこここに飾りつける。赤く染まった君、もの言わぬ君の残骸に、新しい赤が積もってゆく。

ところでこの度裏切りを犯し血を流したのは女の方だったが、虚空ならぬ地上に取り残された男は、一体いつまでさまよえば良いのだろう?


目の前は ただ 一面の

赤。



間断無いリズムに揺られながら。


待ち望んでいた特急列車にようやく乗れたのだ。座りたいなどとそんな贅沢は言わない、ただ私の前に立つ太った中年男性が少しでも荷物を引いてくれはしまいかと切に願うがやがてそれも所詮叶わぬ願いだと思い知る。内蔵が飛び出ないよう気をつけながら懸命に意識を窓の外へ、ここではない場所へ逃す。まさに命懸け、車内には限界まで人がつめこまれおり私はいつしか奴隷船を思い出す。果ての無い労働に駆り出される人々、仮のやどりでいたしかたなく身を寄せ合う人々の群れ。やがて人いきれが不快な暖気を生じさせ、車内はじめじめとなまぬるい暖かさに満ちる…とはいえ、それすら暖かさであることには変わりない。私は自らに言い聞かせる、大吟醸もメチルアルコールも成分は同じ、質にこだわっていては生きて行けないのだと。


そして間断ないリズムに揺られ私は運ばれて行くだろう、明日もあさってもその次も。


逃げ場は無いのだ。


わたしは死体の前で途方に暮れている。

前後の事情は思い出せないがどうやらこの男を殺してしまったのはわたしのように思う。夜が明ける前にこの死体をどうにかしなければならない。思い余ったわたしは、男の体をくるりとひっくり返しきぐるみのように頭から被ってみることにする。骨が少しばかりごつごつとひっかかったが入ってみると案外に着心地が良い。このフィット感、上等のカシミアコートでもこうはゆくまい。

かくしてわたしは男の姿となって明け方の街を歩き始める。男を殺したのはわたしだが、わたしにはその責任をとることができる、というのはつまりこれ以降この男の生活をそっくりそのままひきつぐことができる。償わねばならぬのは男の生命ではなく男の生活なのだ、つまりはこの男が生きていると同様に環境を保てばそれでよいのだ、人間が生きると言うのは自分のためではなく常に周囲のためなのだから。

わたしは悠然とタバコに火をつけ男の家路を急ぐ、夜明かしの言い訳を考えながら。そしてもう永久に以前の自分を思い出す事はないのだ。
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