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ゆめ か うつつ か
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やま、
おやしろ、
みずうみがみえる。





ここは山の麓だったが、いつの頃からか「港」と呼ばれていた。南北に伸びる山脈は尾根伝いに諸国に繋がり、その登山口にゆくには街の奥にある渡し場から澄んだ湖水を渡らねばならない。

交通の要所であるこの地にはさまざまな人が行き交っており、そんなことも「港」と呼ばれる所以だったろう。

絶えず動き、或いは留まる人の流れを眺めわたしは育った、落葉が風に吹かれて砕かれ積もる、腐葉土の微熱を持つ遊廓で。

わたしを生んだとおぼしき女は三人居た。みな同日に出産したが、ほかのこどもはいずれも死産だったという。故意すら感じる産婆の取り違えにより、死んだこどもと生きたこどもの正しい母は明らかにされることなく、三人の母の闇雲な愛を享けわたしは育った。人拐いに遭わぬよう、どこに居ても分かるようにと手足に無数の金の鈴を付けられたわたしの歩みはのろく、鈴だけが軽やかに、さららさららと高く澄んだ音を響かせた。

そんなわたしをからかいこそすれ、遊びに誘うこどもはなく。

わたしはいつも独りで湖を眺め遊んだ。

初めて人魚を見たのは、五つになるかならぬかの秋だ。空と湖とをもろとも赤く染め上げる見事な夕暮れ、対岸にあるお社が金色に輝くさまに見とれていたら、不意に大きな魚の尾が跳ねた。次いで女の頭がゆっくりと現れ、濡れた瞳をわたしに向けてすぐ、とぷりと水面下に没した。不思議にうつくしい、慕わしい光景。

母達には言わなかった。湖に来ることを禁じられるのではないかと恐れたから。

それからときどき、人魚はわたしの前に姿を現した。ひとりで、あるいは仲間と連れ立って、湖のなかからもの言いたげな瞳を向け。
彼女らの後を追い、幾度わたしは湖に入ったろう。そのたびに鈴は湖上に高く響き渡り、大人たちをしてわたしを此岸に連れ戻させた。





山、
お社、
湖が見える。

わたしの心臓は破裂しそうなほどだった。街中から湖畔まで、息もつかず走ってきたのだ。鈴は鳴らなかった、今日、母の最後のひとりが死んだから。

こときれた母の目を静かに閉じると、わたしは家を出、歩き出した。はじめはのろのろと、地面の感触を確かめるように。やがて軽やかに、ステップを踏んで。跳ぶようにわたしは駆け出した、走りながら鈴をむしり、むしっては地に投げ捨てた。しとど流れる汗が目に入る。わたしの後には金の鈴が点々と落ちていることだろう。

人魚は居た。ああ、とよろめきながら水の中を歩むわたしの耳に、彼女たちのささめきが聞こえる。

――おかえりなさい
――おかえりなさい
――迎えにきたわ、兄さん


そしてわたしは知る、彼女たちは、かつて遠い日、母達によって湖に沈められたわたしの姉妹そのものだったのだと。


姉にそして妹に両の腕を捉えられ、わたしは恍惚のうちに水底へと、…………















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