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ゆめ か うつつ か
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あたしはミック(仮名)がまともに服を着ているのを見たことがなかったので、新宿の雑踏の中で彼を認識するのは極めて困難だった。





ミックとはアジアの片隅、世界の孤児とうたわれる見捨てられた地の安宿で出会った。

そこは欧米の長期滞在者の間ではちょっと名の知れたところで、長いこと世界をさすらって金も気力も磨り減ったような男達の吹き溜まりだった。あたしがそこに滞在したのは研究調査のためであり、昼過ぎにパンツ一丁でのそのそと起きだしてはテレビに向かってファックファック言ってるやつらを一種ほほえましく思ってはいたものの、あえてコミュニケーションを取ろうと思うほどの余裕は無かった。

ミックと親しくなったのは、あたしと時期を異にしてその宿に泊まっていた弟である。
弟はミックの喋る英語を「かっこいい」と評し、ミックと会話するのを好んだ。確かに、「共同冷蔵庫に入れておいたお菓子を勝手に食べた/食べない」で殴り合いのケンカをすることもある煮しめたような男たちがとぐろを巻いている中で、ミックはかなりのインテリであることはあたしも認めていた。





こんなことがあった。

あたしがその宿のリビングで、談笑している欧米人の輪から少し離れて読書していると、IPおやじ(これは世界中を回りながらIP電話のセールスをしているというおやじだった、うっかりこのおやじのセールストークにはまってしまうと一時間は抜け出せずに困っている旅行者を、あたしは何度か見かけたものだ)が、ひとなつこく

「日本語の本か」

と 話しかけてきてくれた。
それから話題は日本のことになったが、彼らの日本についての知識は「サムライ!クール!」以上のものではなかった。そのうちお調子者のアメリカ人が「日本人はみんなハラキリして死ぬんだぜ」みたいなことを言い出し、さすがに訂正しようかな、と思ったとき、ミックが冷静にツッコミを入れた、

「ずっと以前にすごく有名な作家がハラキリした話は聞いたけど、今はそんなことはないはずだ」。

そして数十年前にイギリスで流行した「MIKADO」という歴史小説がこの愉快な偏見に満ちた日本人観に一役買っているのだというような話をした。あたしはミックが三島由紀夫を知っている(たとえ作品を読んだことは無くとも)ことに驚き、このパンツ一丁のおやじは他のパンツ一丁のおやじとは少し違うらしい、と思った。





さてこのミック(仮名)が現在は日本のサイレントヒル県で英会話の教師をしているとかで、弟や友達も交えて久々に新宿でお茶をしたのだった。

服を着たミックは以前の印象よりも知的で健康そうに見えたが、韜晦的な姿勢を崩さず、しきりにサイレントヒル県は非常にスモールタウンで、エブリデイナッシングトゥドゥであるとこぼすのであった。

しかし実はちゃっかり十五も年下の日本人の彼女へのおみやげをいそいそ買ってあげてるあたり、なーんだすっかりジャパニーズライフをエンジョイしてんじゃん・とか思うのだが、どうだろうか。

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