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ゆめ か うつつ か
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初高野のくせにガイドブックすら無い(重いのが嫌で最低限のガイドしか持ってこなかった;)ので、とりあえず地図を見て合理性を考えケーブルで登り、奥の院から下ってゆくことにした。 

さすがに標高が高いせいか空気が冷たく清浄な気配。


* 




奥の院近くの供養墓ほか。
これも含めいろいろな企業・団体の供養塔が興味深かった。しろあり対策委員会のしろあり供養塔とか。 




弘法さまの廟にお参りしてからゆっくり散策。杉の大木に囲まれてひいやりと空気の浄いここちよい空間。
信長や豊臣、上杉に武田と名だたる戦国武将の墓が続いてる。 歴史人物の墓や供養塔がそこここに並んで、高野山はやまぐるみで日本の歴史を供養しているのではないかと妄想。 



高野山のトップモード・秋の新作作務衣。
高野山の人口は四千人、その四分の一が坊さんだそうで、病院・郵便局・幼稚園~大学までそろっているわりに洋服を売っているらしき店はあまり無く…坊さんのための坊さんの町だと知った… 



小腹が減ったのでおにぎり。梅と昆布のセットを昆布のみにしてもらった。せっかく紀州にいるのに梅干しは食べられない、安上がりなあたし。




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いきなり寝過ごしてわりとうろたえたが・しかし・もうここはまがりなりにも大都市なので次の列車を一時間も待たなくて良いのだった、鈍行で動いていると一本の遅れが一日を左右する。




和歌山駅。




駅地下にいた紀州犬(の銅像)。本物が見たかったけど新宮でも小型愛玩犬しか見かけなかったしなあ。





和歌山駅を離れてすぐに田んぼや山やみかん畑の風景になった。田舎は見慣れているが、ことにひなびた情緒を感じるのは、点在する家々が瓦屋根の純和風家屋が多いからだろうか。
和歌山に着いたら夜になったので、やはりここで一泊することにした。
まだ七時前だったのだけど観光案内所は五時までなので、とりあえず駅前(あたしの経験では駅・高級ホテル周辺に安価な宿泊施設が多い)をうろついていたら、あたしが歩く端からみるみる店が閉まってゆく。
あわーそうか、地方だもんね…うーんまあ大都市なら24時間のファミレスやマックでしのぐテもあるよね・って思ってたら和歌山駅前のマックが10時で閉まること発覚。。じ 10時…! 

そういえば去年弘前に夜九時半に辿り着いた時も、駅前の店が全て閉まってたなあと懐かしくも寂しくなる。

それにしてもいいかげん荷物も重いしめんどくさくなったところに、愛らしいテリアが首を傾げてお出迎えしてくれる安宿があったのでそこに決めた。んー・まあ・ランクにはこだわらない、屋根と布団があればいい。 


* 


昔、稚かったころは安宿に泊まることをむしろ武勇伝のごとく思い込んでいる面もあったが、ある程度年をとるとやはりあまりに「安」い場に自分を置くことは避けるべき選択だと考えるようになった。海外では冷水のシャワーですら「水が出るシャワーがあることに感謝する」ような状況もあるしあたしはそれに慣れきっていたのだが・最近よく思うのは「常識」コモンセンス、を踏まえることの重要さ…それは今現在の自分の位置を弁えることで、それが出来ないと人間は社会から逸脱していくこと… 常識にとらわれない人間が生き生きできるのはまともな社会ではないということ。

もちろん常識は場合によって変化するのだが・日本に生きる妙齢の女性としてこの選択はアリかナシかと言えばわりとナシではないかと思う。日本で妙齢の女性として生きるのは大変だ。。

…ちなみにあたしの「武勇伝」は一泊160円、中国シルクロードの高級ホテルの地下にあるドミトリーだった。あそこは良かった。


白浜は温泉やテーマパークがあるせいか、他県だけでなく和歌山の人もお休みにやって来る観光地らしく、休日の今日はなかなかににぎわっていた。 





私の目当ては偉大な民俗・粘菌学者、南方熊楠記念館だったので、人々がわらわらとやれ温泉だ動物園だ海鮮だ観光船だと散って行く中、ひとりバスを降りて公園の坂道を登り丘の上の記念館へ。 



公園内には種々様々な植物、月桃など熱帯のものも植えられていて、散策するだけでも楽しめる。
館内の資料もここでしか観れないものばかりで、面白かった!孫文からもらったという白い帽子が観れて嬉しい。。あと粘菌。 

あたしは、熊楠の民俗学の著作、ことに性風俗関連の開けっぴろげさに好感を持っていて、それはきまじめな柳田には無い気質だし……

とにかく博覧強記という言葉がぴったりで、和漢三才図会や辞書・辞典を全て丸暗記してたとか何か国語もマスターしてたとかそういう天才的エピソードに加えて、脳内麻薬がちょっぴり他人より多かったので常に幻覚を見ていたとか自由自在に嘔吐できたとか雪の中裸でかけまわって放校処分になったとかそういう奔放イメージだったのだけど、今回この記念館を見て、熊楠ってもしかしたらすごい粘着質だったのかなあと思い直した。
興味を持ったものへの執着が尋常ではない。研究者と言うのは多かれ少なかれそういう気質を持っているものだけど熊楠のそれを見ているとルナティックなものを感じる、熊楠の写真もそうなんだよね、眼に宿っているぎらぎらした光がまさに狂気的。

……惚れ直した(え)

熊楠ポストカードを入手。熊楠の描いた猫の絵がすっごいかわいいの。
ちなみに、屋上の展望台からの見晴らしは言うことなし。 とにかく良かった! 



円月島。
春分・秋分には真ん中の穴に太陽がすっぽりおさまるとか。風強くて波がきれいだった。この後、浜を適当に散策して貝拾いなどしつつ、海水をくみあげた温泉に軽く浸かって、駅に戻る。 

話によると太平洋を見渡せる露天があるらしいのだが、様々な要因ゆえ今回は見送り。
しかし海中の風呂というのはあたしのロマンなのでいつか行く! 



紀伊田辺の弁慶像 。
田辺は熊楠の故郷だそうなので、とりあえずちょっとだけ降りてみた、ら、駅前で弁慶が仁王立ちしていた…
弁慶もここの生まれらしい…もうそういう人しか居ないようなイメージだ。「フレンドリー弁慶」というインパクト爆発!な店で軽く食事。 


* 


こうしている間にもずんずん北上し、安珍清姫で有名な道成寺など通り過ぎつつもうすぐ和歌山。御坊・湯浅を過ぎた辺りからいきなり都会めいて来て、驚いている。



天気は上々!





徐福公園 。
秦の時代、不老不死の妙薬を求める始皇帝に、「わたしが探してまいります」と支度金と召使を要求しそのままとんずらした人が徐福で、日本紀州に流れ着いたという伝承があり、その場が祀られているのを十年ほど前に知って、いつか立ち寄ってみたいと思っていた。

日本には似たような話として「ときじくのかぐのこのみ」が伝わってるけど、あれはちゃんと帝に実を持ってきて死ぬ。国民性の違いか?

園内のみやげ物屋でみやげを勝ったら徐福茶をふるまわれた。これで長寿だ!?



めはり寿司 。
高菜にくるんだおにぎり。名産。漬物は野沢菜以外苦手なので食べきる自信がなく、今回は見送った。
ちなみに昨夜はさんま寿司を食べた、佐藤春夫の「秋刀魚の歌」にみられるように南紀はさんまが有名。 



枯木灘。
ごつごつした岩が切込んで浜も港も無い、潮風で植物も育たない枯木の地。

えんえんとこの風景を眺めながら、紀州の西海岸を北上。

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