ゆめ か うつつ か
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再び山をのぼり、山家神社(真田の守り神)に参拝した後に角間渓谷へ。
のどかに蝉が鳴き交わす畑の間を車ですいすいのぼっていくと、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。太陽は相変わらず明るいのでお天気雨かしら、と言っていたら、渓谷にたどり着く頃には本降りになっていた。
山の天気は変わりやすいとは知っていたものの・油断をしたわたしは傘を小屋に置き忘れていて、まあ山の中だしいざとなれば木の下に宿ることもできよう、と見切り発車。

岩屋観音へと続く階段。見上げても上が見えない相当な高さ。
傾斜もきつくて、しばらく上っては下を見て「ひょえー」と叫んでいた。
天狗出そう。

階段を上りつくした上にある、鬼瓦(?という名の奇岩。
その昔、坂上田村麻呂に退治された鬼が居たそうな。

真田十勇士のひとり、猿飛佐助が修行したという岩。
巨大な岩がまっぷたつに裂けたような、断崖のような絶壁。下には川が流れている。いかにも忍者が修行しそうだねとBさんと言い合っていた、が、その実雨はますます酷くなっており まるで獣道のようなみちを滑りつつ歩いている、わたしたちこそ何の修行をしているのだと笑った。特にわたしなんてサンダルにワンピースという不用意もいいとこな格好だったしね!
そんなこんなでひとめぐりするころには雷まで轟く始末、すっかりしっとりしてしまったわたしたちは近くの温泉宿へと走ったけれど、入浴は二時半までとのことで入れてもらえなかった。その代わり、上田にあるという千古温泉を教えてもらい、ぬれねずみのまま車を走らせる。
目の前で唸る雷鳴、道路は既に河、路には人も車も無いようなそんな中水しぶきをあげつつ目指す温泉にたどり着いても、駐車場から入り口まで歩くのも断念するような土砂降りに しばし車内で憩う。
小降りになった頃にようやく入ることが出来た、千古温泉は地元民のための湯のようで、ロッカー無し・内風呂がひとつだけ・ただまあこんな天気にやってくる人はすくないらしく、わたしとBさんのみでまたもや貸し切り状態だった。
泉質は硫黄泉で、冷えた体をあたためるにはもってこい。設備は最低限でシャワーは一基、これで500円を安いと見るか高いと見るかはその人次第。わたしのお肌にはぴったりだったけど。

温泉のすぐ近くにある千古滝。ほんとは中央に大きな岩があって、流れがふたまたに分かれている。
大雨の直後とあって、濁流もいいとこ。滝の迫力もひとしおだったが、普段は湯の花もとれるらしい。清流のころにまた来たい。
*
帰りはまた温泉寄って、佐久・下仁田を通ってのんびり下道で。わたしはBさんに運転をお任せしてひたすらナビに徹してたけど途中やっぱり道逸れた、危なかった。
「迷うことに……迷いなど無い!」 ← 一見かっこよさそうだがかっこわるい以外の何者でもない言葉。
旅全体総じておかしな看板をたくさん観た。「帰ってきた馬鹿息子」とか。何屋だ。
のどかに蝉が鳴き交わす畑の間を車ですいすいのぼっていくと、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。太陽は相変わらず明るいのでお天気雨かしら、と言っていたら、渓谷にたどり着く頃には本降りになっていた。
山の天気は変わりやすいとは知っていたものの・油断をしたわたしは傘を小屋に置き忘れていて、まあ山の中だしいざとなれば木の下に宿ることもできよう、と見切り発車。
岩屋観音へと続く階段。見上げても上が見えない相当な高さ。
傾斜もきつくて、しばらく上っては下を見て「ひょえー」と叫んでいた。
天狗出そう。
階段を上りつくした上にある、鬼瓦(?という名の奇岩。
その昔、坂上田村麻呂に退治された鬼が居たそうな。
真田十勇士のひとり、猿飛佐助が修行したという岩。
巨大な岩がまっぷたつに裂けたような、断崖のような絶壁。下には川が流れている。いかにも忍者が修行しそうだねとBさんと言い合っていた、が、その実雨はますます酷くなっており まるで獣道のようなみちを滑りつつ歩いている、わたしたちこそ何の修行をしているのだと笑った。特にわたしなんてサンダルにワンピースという不用意もいいとこな格好だったしね!
そんなこんなでひとめぐりするころには雷まで轟く始末、すっかりしっとりしてしまったわたしたちは近くの温泉宿へと走ったけれど、入浴は二時半までとのことで入れてもらえなかった。その代わり、上田にあるという千古温泉を教えてもらい、ぬれねずみのまま車を走らせる。
目の前で唸る雷鳴、道路は既に河、路には人も車も無いようなそんな中水しぶきをあげつつ目指す温泉にたどり着いても、駐車場から入り口まで歩くのも断念するような土砂降りに しばし車内で憩う。
小降りになった頃にようやく入ることが出来た、千古温泉は地元民のための湯のようで、ロッカー無し・内風呂がひとつだけ・ただまあこんな天気にやってくる人はすくないらしく、わたしとBさんのみでまたもや貸し切り状態だった。
泉質は硫黄泉で、冷えた体をあたためるにはもってこい。設備は最低限でシャワーは一基、これで500円を安いと見るか高いと見るかはその人次第。わたしのお肌にはぴったりだったけど。
温泉のすぐ近くにある千古滝。ほんとは中央に大きな岩があって、流れがふたまたに分かれている。
大雨の直後とあって、濁流もいいとこ。滝の迫力もひとしおだったが、普段は湯の花もとれるらしい。清流のころにまた来たい。
*
帰りはまた温泉寄って、佐久・下仁田を通ってのんびり下道で。わたしはBさんに運転をお任せしてひたすらナビに徹してたけど途中やっぱり道逸れた、危なかった。
「迷うことに……迷いなど無い!」 ← 一見かっこよさそうだがかっこわるい以外の何者でもない言葉。
旅全体総じておかしな看板をたくさん観た。「帰ってきた馬鹿息子」とか。何屋だ。
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いつもの山小屋探訪だけど、今回は歴史好きなBさんと一緒に山梨経由で行ってみた。
*
途中、わたしの個人的な思い入れで、昨年六月に偶然訪れた甲府・湯本の竹.中英太.郎記念館を再訪。
ちょうど英太郎を知った頃、たまたま中井英夫の全集で英太郎に関するエッセイを見つけて、いつかお届けしようと思ってコピーしておいたもの。もうお持ちかもしれないので郵送なんて大げさなことはしたくなかったしいつかさりげなくお渡しできればよいと思っていた、わたしは中井が好きで、英太郎の絵も好で、その中井が英太郎の絵を好きだと言ってる文章があるなんて、と感激した。
そんでBさんもまァ多分こういう絵はキライじゃないだろ・とか思って一緒に連れてってしまった。ごめんね。でも多分キライじゃなかったと思う!
……お渡しできて本当によかった、以前お会いしたときも思ったけど、こちらの主人が本当に柔和な雰囲気の暖かい女性で、この方にまたお会いしたいなあと思ってたのも あったの。お会いできてお渡しできれば十分だったのに、お茶やお土産や温泉のチケットまでごちそうになってしまった。何だか泣けてしまいそうになった。
それでお風呂(豪華ホテルの大浴場露天つきで貸し切り状態!)とかゆっくりいただいてたら山小屋に着いたのが九時近かった。
ぴかぴか いい天気の日で、南アルプスが雲にかげって壮大だった、緑が本当に綺麗。
麓で山芋とか蕎麦とか焼酎とか買い込んで、小屋で酌み交わしながらいろいろ話して星を見て、ぐうぐう寝た。
*
二日目はBさんが調べてきてくれた史蹟をいろいろ巡った。

長谷寺の門。はせでら ではなく ちょうこくじ と読むらしい。
小屋から車で20分くらいの山の上にあった、雰囲気のよいお寺。真田幸隆さんのお墓があるらしい。

墓所の扉。レトロちっくでかっこいい。

真田の本城跡地からの眺め。さすがに見晴らしいい!!この日は天気がよくて、気温がも少し低ければちょっとしたピクニック日和なかんじ。
この後に歴史記念館に行ったけど、仮にもこの辺りに通いつづけて二十何年なのにわたしこの辺の歴史をうわっつらしか知らないんだなあと思った。二十年位前に池波正太郎の真田太平記が大河ドラマでとりあげられてブームが来て、また昨年風林火山でブーム再来したらしい、けどわたし日本史は古代から平安とんで近世・昭和史あたりが好きだし、池波作品は捕物帖くらいしか読んだこと無いんだ……
そんなわけでとても勉強になったし面白かった。ここ二十年どころじゃない、真田の話ってほんとに民衆に人気があったんだなあ!伝説のでっちあげられ具合がはんぱない(笑)錦絵に織田信長と並んで描かれたりしてるの、すげー。Bさんにいろいろわからないとこを補足してもらいながら閲覧。詳しい人がいると楽しい。
で お昼になったから

刀やさんでもりそば普通盛り。
「女性には量が多いから中盛りにしておいた方が……」と、また言われる。以前も食べてるから量については承知の上なんだけど……すいません大食いで……
この前と値段が違うので首をかしげていたら、ここ最近の物価高で七月からとうとう値上げにふみきったらしい。それよりもこの十年間値上げをしていなかったというのが凄い。ふつうに安いのにー。

満腹してからちょっと古本屋を覗いて、生島足島神社へ。大きさはそうでもないけど、池に囲まれた涼しげなお宮だった。
それにしてもやはり平地は暑い。二人してあついー溶けるーなどと言いながら山の方へ。
~つづく
*
途中、わたしの個人的な思い入れで、昨年六月に偶然訪れた甲府・湯本の竹.中英太.郎記念館を再訪。
ちょうど英太郎を知った頃、たまたま中井英夫の全集で英太郎に関するエッセイを見つけて、いつかお届けしようと思ってコピーしておいたもの。もうお持ちかもしれないので郵送なんて大げさなことはしたくなかったしいつかさりげなくお渡しできればよいと思っていた、わたしは中井が好きで、英太郎の絵も好で、その中井が英太郎の絵を好きだと言ってる文章があるなんて、と感激した。
そんでBさんもまァ多分こういう絵はキライじゃないだろ・とか思って一緒に連れてってしまった。ごめんね。でも多分キライじゃなかったと思う!
……お渡しできて本当によかった、以前お会いしたときも思ったけど、こちらの主人が本当に柔和な雰囲気の暖かい女性で、この方にまたお会いしたいなあと思ってたのも あったの。お会いできてお渡しできれば十分だったのに、お茶やお土産や温泉のチケットまでごちそうになってしまった。何だか泣けてしまいそうになった。
それでお風呂(豪華ホテルの大浴場露天つきで貸し切り状態!)とかゆっくりいただいてたら山小屋に着いたのが九時近かった。
ぴかぴか いい天気の日で、南アルプスが雲にかげって壮大だった、緑が本当に綺麗。
麓で山芋とか蕎麦とか焼酎とか買い込んで、小屋で酌み交わしながらいろいろ話して星を見て、ぐうぐう寝た。
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二日目はBさんが調べてきてくれた史蹟をいろいろ巡った。
長谷寺の門。はせでら ではなく ちょうこくじ と読むらしい。
小屋から車で20分くらいの山の上にあった、雰囲気のよいお寺。真田幸隆さんのお墓があるらしい。
墓所の扉。レトロちっくでかっこいい。
真田の本城跡地からの眺め。さすがに見晴らしいい!!この日は天気がよくて、気温がも少し低ければちょっとしたピクニック日和なかんじ。
この後に歴史記念館に行ったけど、仮にもこの辺りに通いつづけて二十何年なのにわたしこの辺の歴史をうわっつらしか知らないんだなあと思った。二十年位前に池波正太郎の真田太平記が大河ドラマでとりあげられてブームが来て、また昨年風林火山でブーム再来したらしい、けどわたし日本史は古代から平安とんで近世・昭和史あたりが好きだし、池波作品は捕物帖くらいしか読んだこと無いんだ……
そんなわけでとても勉強になったし面白かった。ここ二十年どころじゃない、真田の話ってほんとに民衆に人気があったんだなあ!伝説のでっちあげられ具合がはんぱない(笑)錦絵に織田信長と並んで描かれたりしてるの、すげー。Bさんにいろいろわからないとこを補足してもらいながら閲覧。詳しい人がいると楽しい。
で お昼になったから
刀やさんでもりそば普通盛り。
「女性には量が多いから中盛りにしておいた方が……」と、また言われる。以前も食べてるから量については承知の上なんだけど……すいません大食いで……
この前と値段が違うので首をかしげていたら、ここ最近の物価高で七月からとうとう値上げにふみきったらしい。それよりもこの十年間値上げをしていなかったというのが凄い。ふつうに安いのにー。
満腹してからちょっと古本屋を覗いて、生島足島神社へ。大きさはそうでもないけど、池に囲まれた涼しげなお宮だった。
それにしてもやはり平地は暑い。二人してあついー溶けるーなどと言いながら山の方へ。
~つづく
①盛大に羽蟻の巣をぶっこわして畑を作ってきた。花豆、トマト、じゃがいも、茄子等。収穫が楽しみ。
今日覚えた言葉。
→やた(豆のつるを巻き付かせる棒)
→マルチ(土に被せるビニール)
②オールドローズ。
*
山は未だに桜と藤が満開だった。つつじはもう十日ほど、蕾がういういしいかんじ。
ところで今日からガソリンが値上げしたのだった、うちの、遠乗り用のこ(車)はハイオク仕様なので余裕にリッター180円台突破してて泣きそう。つうか泣く。これでほんとにどうしようもなくて値上がってんならともかくどこかでもうけてる奴がいると思うと心底むかつく。車が無いと生活できない人々はどうすんですか。弱肉強食は世の習い、金のない奴は死んでいけってのは近代以前の論理だと信じていたのだけど・この国はそもそも国ですか。お上が率先してこういうことやっちゃいけないよねえ。
一週間ほど遅かった…上の方に少し残ってるだけ。。残念。
*
蕪畑の近くで、つくしを採ってる幼稚園&小学生の子達と友達になった。
ひとしきりおしゃべりした後、東京から来たのだと言ったら
「ねえねえじゃあさ、ディズニーランド?」
…いやディズニーからはかなり遠い場所でね、と説明したら
「何分かかった!?」
…えっと60かけて…とかやってたら
「じゃあさじゃあさ、何メートル?」
…小学生って質問の単位が最小限なのな!面白い!
しかしものの五分くらいの間にお互いちゃん付けで呼び合うくらい仲良くなったので、ちょっと場を外してた弟にびびられた。いわく、見事に小学生集団に溶け込んでいたらしい。
いや小学生なら誰でも仲良くなれるわけではなくて・人格と相性の問題なんだけど…
文通しようね、と約束して帰ってきた(メールではなく文通というところがとても年齢を思わせて和む)。
なんだかすごく別れがたくてしょんぼりしてたら、弟に「そうやって無計画に誰とでも仲良くなるのはどうかと思う」って言われて、余計へこんだ。
しかしあたしは小学生(低学年~中学年)くらいの子と話してるのが一番安心できる。
多分同じようなレベルなんだろうなー。

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蕪畑の近くで、つくしを採ってる幼稚園&小学生の子達と友達になった。
ひとしきりおしゃべりした後、東京から来たのだと言ったら
「ねえねえじゃあさ、ディズニーランド?」
…いやディズニーからはかなり遠い場所でね、と説明したら
「何分かかった!?」
…えっと60かけて…とかやってたら
「じゃあさじゃあさ、何メートル?」
…小学生って質問の単位が最小限なのな!面白い!
しかしものの五分くらいの間にお互いちゃん付けで呼び合うくらい仲良くなったので、ちょっと場を外してた弟にびびられた。いわく、見事に小学生集団に溶け込んでいたらしい。
いや小学生なら誰でも仲良くなれるわけではなくて・人格と相性の問題なんだけど…
文通しようね、と約束して帰ってきた(メールではなく文通というところがとても年齢を思わせて和む)。
なんだかすごく別れがたくてしょんぼりしてたら、弟に「そうやって無計画に誰とでも仲良くなるのはどうかと思う」って言われて、余計へこんだ。
しかしあたしは小学生(低学年~中学年)くらいの子と話してるのが一番安心できる。
多分同じようなレベルなんだろうなー。