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ゆめ か うつつ か
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額に小さなできものができる。目立つところなので非常に煩わしい。触ってみると、ぶよぶよと腫れていて、かすかに痛い。いやだなあ、と思っていると、見る間に大きくなった。膿を持ち潰瘍のようだ。これでは治ったとしても痕ができるだろう。

失望とあきらめに似た気持ちでもう一度額を触ると、ずるりと皮が剥け、中からまだ柔らかい 角 が出てきた。

できたての角はやわやわと頼りなく、火のように熱い。やれやれ、とわたしは思う。角が固まるまで、じっとしていなくては。

それにしてもなんと落ち着かないものだろう、門出というものは。


















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焼きたてのチーズチョコパイを片手にわたしはタクシーに乗った。いつになく美味しく焼けたとろけるようなパイを、姉と姉のこどもたちに届けよう。灰色の車が、緑の並木道を滑るように走り出す。

橋を渡るとそこは閑静な住宅街で、わたしは首を傾げる。おかしいな、橋の向こうは駅になっていたはずだ。
そう思っていると、運転手も困惑したようにわたしを振り返った。「弱りました、こんなはずはないのですが。もしかしたら迷ってしまったかもしれません」

とにかく道を尋ねよう、と細い路地裏に車を停める。庭師が草を刈っていたのだ。旧いがよく手入れされた庭の、薔薇やジャスミンの香りにむせながら車を降りると、趣きのある家からはちょうど上品な老婦人が如雨露を片手に出てきたところだった。

「おやまあ、道に」。運転手の話を聞いた婦人は少し感慨深げに呟いた。「じゃ、とうとう、お客が来たのね」。そして片手でわたしをもさしまねいた、「では少しの間、わたしのお茶を飲んでいらっしゃい。地図を出してあげるから」。

妙なことになった。婦人の誘いを断りきれず家に上がると、年代物の茶器で、お手製のミントティーとレモンタルトを供された。

「わたしは失礼して、外で一服してきます」甘いものは苦手だと言わんばかりに運転手が外へ逃げてゆく。仕方なくかじったタルトは思ったより美味で、ああ、わたしのパイが冷めてしまう、とわたしは思い出す。

「あのう、そろそろ、地図を…」。
「地図?」婦人はほほえんだ、「そんなものはもう必要ないのよ。あなたは、ここに住むのだから」。

言うやいなや婦人は倒れ息絶えた、そこに慌てた運転手がやってくる。庭師もまた、同時に亡くなったのだ。

そうしてかつて運転手だった男は手慣れた様子で庭に二つの遺体を埋め、そこに花を植えた。まるでずっと前から庭師だったような、そんな顔で。そしてわたしははるか昔からここの主だったかのように毎日まいにち花を愛で、パイを焼く。


次の 客 が来るまで。










父が筍を掘っている。

空を覆い隠すほど伸び満ちた竹林は昼だというのに薄暗く、風に乗りときおり降りこぼれる光のなか、父はざくざくと軽快に小さな鍬で足元の土を堀り返してゆく。筍はたちまち山のように積みあがり、見つめるわたしは湿った土のにおいにふわりと包まれる。

今まで筍が植わっていたあとはぽっかりと黒いうろになり、そこにわたしは見覚えのある腕輪を見つける。それはわたしがまだおさないころ、お守り代わりに姉にもらった銅の腕輪で、手に入れたばかりのころのように真新しいあかがね色に光っている。おやなぜこれがこんなところにあるのだろう、これはもうずっと以前になくしてしまったものを。そう思いながら土にまみれたそれを眺めた。寝るときも湯を使うときも肌身はなさずにいた、川遊びの折、知らないうちに流してしまったとばかり思っていたが、しかし、こんなところでわたしが見つけ出すまで待っていてくれたとは。

小さな記憶がほどけた途端、うろからは次々といろいろなものが出てくる。おもちゃの時計やネックレス、人形にお気に入りだったペン。淡く燐光を発するそれらは、いずれもなくしてしまった宝物たちだ。

素手で掘り返すと、土はスポンジケーキのようにあっけなく崩れた。うろの中に半ば埋没しながら、やわらかい土にまみれた思い出、なくしたはずの宝物を、わたしは夢中でかき集める。









今日から東京は熱帯になってしまったのだった。緑は恐るべき速さですべてを覆い、電柱はたちまち密林の一部になる。至るところカラフルな動物が溢れ、邪悪な毒を持つ蛇や蛙やがのさばっているのでおちおち表を歩くこともできない。なにより空気がしっとりと重く、のしかかるようにまつわってくるのには閉口した。この水のような空気のなかでは、泳ぐように緩慢にしか動けない……



寝苦しさに目を覚ましカーテンを開けると、外界のすべてがぼんやりと水中のように潤んでいた。ああまだ夢をみている、と思ってから、数日前から家壁の塗装が始まっていることを思い出した。すべての窓が封鎖され、ビニールでみっちりとくるまれているので換気ができず空気がこもる。それで寝苦しかったのだ。

そういうわけで、今、家がちょっとシュール。









「ねえ、わたし、最後の飛び猫が見たい」。と恋人が言い、わたしたちは電車に揺られ郊外の稀少種動物園にやってきた。

飛び猫は名前のごとく、空を飛ぶ猫だ。鶏肉に似て美味なのに猫に似て人懐こい性質が仇となり、乱獲が相次いで現在はわずか三羽となってしまった。いずれも雄で、遠からず絶滅が見込まれているという。

飛び猫の檻は、園の中央に位置していた。円く大きめの檻の一角が細かい金網に覆われ、そのなかで思い思いに飛び猫が寝そべっている。

その姿を見てわたしは失望を禁じ得なかった、彼らは長い牢獄暮らしでぶくぶく肥え太り、背中についている羽はあまりにも小さくまるで滑稽な飾りもののようだった。

「なんだかずいぶんみっともないのね」。恋人もがっかりしたように呟き、わたしたちは言葉少なにその奇妙な動物を眺めていた。


それから間もなくして、彼らの早すぎる、思いがけない絶滅の報せを聞いた。

飛べなくなった彼らは、それでも鋭い爪で金網をやぶり、隣の檻へと抜け出したのだという。

だが運の悪いことに、逃げ出した先の檻にはかの獰猛な獅子鼠が居た。鼠たちは、哀れな飛び猫の背中に群れをなして襲いかかり、彼らの羽根は跡形もなくかじられてしまったのだ。

かくして三匹の猫が残った。その後の消息は定かではないが、案外幸せに生を全うしたのではないかと推測する。








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