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ゆめ か うつつ か
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暗い。

さっきまで明るい真昼の街を歩いていたのに、いつのまにこんなに暗くなったのだろう。日が暮れるには早すぎる、まして街の灯までが消える深夜にはまだ間があるはずだ。

ともかくどこか明るいところへゆきたいとわたしは早足になった、そうしてしばらく歩いていると、いつのまにか少女が後をついてくる。十代半ばくらいだろうか、夢遊病者のようにふらふらと歩くやせぎすの体が痛々しい。わたしは思わず自分の不安も忘れて声をかけた、「どうしたの、迷子かな?」。

すると少女は思いがけずまっすぐわたしの顔を見て、「お母さんだ」と呟いた。

娘を産んだ覚えは無い、それは何かの間違いだ。わたしは幼いころに母を亡くして、それからずっと天涯孤独なのだから。そう言おうとしてわたしは気づく、少女の顔の懐かしい面影に。一文字に引き結ばれた唇、固くこわばって青ざめた顔、そこだけが窓のようにぽっかりと、世界に向かって開かれたような、黒い黒い瞳。鏡に映したわたしの顔にも似ている。

当惑するわたしに彼女はもう一度、よどみない口調で言った。

「お母さんだよ。お前を迎えに来たんだ、さあ行こう。みんなが待っているからね」









母に手を引かれ、死出の旅路。





 

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「けど、あのゴールはなかったね」

弟の語る声は怨ずるでもなく低く穏やかで、わたしはただうなずきながら川辺に落ちる夕陽を眺める。

「ぼくが居たら、あの試合はもっと面白くなったはずだよ」

がっしりした体で地面を蹴って立ち上がる、弟の顔は逆光に翳る。かれはフットボールの選手になりたかったのだ。

「お前のせいじゃないよ」

呟き、わたしはうつむく。陽が眩しくて目がくらむ。

「ねえきっと、もしぼくが生まれていたら、よい選手になっていたはずだよね?」

わたしは叫び出したかった、お前のせいじゃない、お前は悪くない、お前は生まれなかったんだから、生まれる前に死んだのだから、お前はこの世界に居もしないんだから。

―泣かないで、姉さん―

夕闇に、未生の弟のささめきだけが残るなか、わたしはひとり。








飛行機雲が、青すぎる空を大きくまっすぐに切ってゆく。

まふたつに分断された空の裂け目から、夜が漏れる。しずくのようにひそやかに、やがてほとばしり世界を闇に包む。行き場をなくした太陽がおろおろとわたしの陰に逃げ込み、わたしはやさしくかれの手を引いてやる。冷たい月がしずしずと現れ、盲いた太陽を嘲るように、意地悪な星がちらちら瞬いた。



また夜が来たね、と太陽が消え入りそうな声で言う。いつも突然やってきて、ぼくを苛める。わたしはうなずき、太陽の熱い、小さなてのひらを握る。









学校は家から歩いて30分ほどのところにあるが、世界の果てのように遠い。

毎日まいにち道筋が変わる森の迷路を辿り、ぬるぬるした暗闇を抜け、雲つくような山の頂きを越え、いくつもの国境を越えて、なぜこんなに長い道のりを行かねばならぬのかさっぱりわからない。が、とにかく行かねばならない。

無表情な門番の居る校門から先は、バスに乗る。切り立った崖っぷちを走るバスは席だけで壁も天井もなく、急カーブに差しかかるたびに鞄を吹っ飛ばしそうになる。谷底にはいくつも渦が巻いている急流があり、一度沈んだものは二度と浮かんでこないので、「大喰いの川」と呼ばれていた。わたしはかつてこの川で本と上着と友人を無くしていた。友人を無くしたときも悲しかったが、本を落としたときは悲しみのあまり後を追おうとしたほどだ。書名まではっきりと覚えている、『サルパルナサス王の戴冠』上巻だった。下巻を失うよりも悲しいことだ、わたしのサルパルナサス王の物語は始まることすらなかった。

そんな思いをして教室に着くと、鰐そっくりの教師が欠伸をしている。なにひとつ教えてなどくれない教師。たまに腹が空くと生徒にかぶりつくのは、鰐だったころを思い出すのだろう。生徒のなかには子鰐そっくりなやつも居て、気がつくと共食いしている。

退屈と苦痛と恐怖。苦難の旅のあとに待ち受けているのはざっとこういうものなのだ。或いはその徒労感こそ学校教育の全てなのかもしれない。

ゆううつな気持ちでわたしは今日も。

夢のなかでわたしは、懸命に歯ブラシへとマスカラを施していた。ほの白く透き通るような毛束がみるみる黒く染まりきったころにやっと満足し、さて歯を磨こうとして、はっと気付いた。なにやってんだわたし。





夢のなかで寝ぼけるなんて、まるでコント。
しかし、歯ブラシとマスカラねえ…「手術台の上のこうもり傘とミシン」じゃあるまいし、普通に暮らしてたら絶対出会わないシュールな組み合わせだわ。してみるとわたしには、歯ブラシのびっしりそろった毛にマスカラをしてみたいという密かな欲望があったのかしら。

なんにせよ不可解で、これぞ夢!

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