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ゆめ か うつつ か
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降り残した雨が、陽にきらきらと輝いていた。

水滴が青い紫陽花の上を弾んでゆく、その花がむくむくと動いたかと思うと目のさめるように青い子犬が現れた。深い藍色の瞳をくるりとこちらに向け、なつかしげに尾を振る。撫でてやると、ふわふわした毛の下に透けて見える皮膚が海のように波打っていた。

紫陽花の小路を抜け、街に出ても、子犬はどこまでも着いてくる。雨がすっかり止んだころ、通りすがりの紳士が言った。

「おや、珍しい犬を連れてるね。そいつは花喰いと言って、青い花を食えば青く、赤い花を食えば赤くなる。ちょっと気取ったもんだろ。ま、いろいろ食わせてみるんだね」

してみると、こいつの体が青いのは、青い紫陽花を食っていたからか。首輪もないし、雨あがりの拾いものとしては悪くない。庭には紫陽花も花菖蒲もある、いずれ向日葵が咲くころまでは青紫色を堪能できよう。冬の間は温室ものでも買えばよい。

そうして青い子犬を抱えあげ、照るような陽のなかをわたしは歩きだした。


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どこまでも透きとおった空、一匹の魚影も無い澄み渡った海、荒れ果てた浜が続く。

人は居ない。打ち続く枯木と大量の瓦礫のなかから、幽かに赤ん坊の泣き声が聞こえる。早く助けなければ、とあちこちを探し、崩れた梁(うつばり)を除け柱を動かそうと躍起になるが、手が傷つき、血が流れるばかり。

不意にどこからか襤褸をまとった男が現れた。男は必死に赤ん坊を探すわたしを見ても、手伝おうともしないで薄く笑っている。不快感に思わずなじると、男はえへえへと笑いながら倒れた戸棚をゆびさした。泣き声はたしかにそこから聞こえる。わたしは駆け寄り、棚を開けた。そこには小さな、子猫ほどの奇形の赤ん坊が臨終の呼吸に震えていた。紫色にはれ上がった頭部、魚のひれのような両手、ねじくれた下半身……わたしはあまりのことに、どうしてもその児を抱くことができない。撫でてあげたいのに、触ることすら。男が気持ちの悪い笑みを浮かべているのがわかる。やがて赤ん坊は解けて崩れ去ってしまった。わたしは力なく歩き出す。あの男が一定の距離をあけてついてくる。どこまでもどこまでも。





ずいぶん歩いたころ、目の前に突如、宮殿のように馬鹿でかい建物が現れた。近づいてみると、それは砂に半分くらい埋もれているショッピングモールだった。入り口は砂に埋まり、非常階段につながる鋼鉄の扉は固く閉ざされている。かつての駐車場と思しき場所は、砂とごみの山だった。

そこにがちゃりと扉を開け、ひとりの女が出てきた。ごみを捨てに来たらしい。病的なまでに痩せて、目ばかり大きいその女は、わたしを見て言った。「きまぐれにしてもほどがあるね、外へ出ようなんざ。はやく中へお入り」。わたしはいそいそと彼女についてゆく。ちらりと男をふりかえると、後ずさるようにわたしを見ている。わたしは勝ち誇ったように中へ入る。

中は薄暗く、ものすごい人で溢れかえっていた。空気も悪く、嫌な臭いがする。ひどく不味い乾パンの粉に饐えたような水を入れたオートミールをご馳走になったが、とうてい飲みくだせるしろものではなかった。それも、座る場所も無く、立ったままの食事だったのだ。わたしは早くも女について中へ入ったことを後悔していた。わたしの残したオートミールをうまそうに平らげる女に、どうしたらまた外へ出られるのか尋ねたが、女は本気にしなかった。

「バカだね、死んじまうよ。なに、外は綺麗で清潔だって? 綺麗すぎるんだよ。あたしたち人間にはね、このくらい薄汚いところでちょうどいいのさ」。




わたしは子どもを背負っていた。

間一髪、乗り込んだ船は荒れ狂う大地を後にし、静かで穏やかな海へと乗り出す。助かった、やっと地上を逃れることができた。ほっとして辺りを眺め気がついた、船にはデッサンが狂ったように曖昧な人影がひしめいている。厭な予感に背中の子を下ろすと、なまあたたかいその子は、いつの間にかひとかたまりの肉になっている。かおも目も鼻もくちもない、ふるふると震えるピンク色の肉塊。やがて周囲の人々の輪郭がゆるやかに溶けだし、出来損ないの豚のようなかたちに変化する。わたしはいつの間に豚の船に乗ってしまったのだろう?
当惑するわたしに、今や肉の塊と化した子どもが言う。

「海の向こうに、ほんものの豚になれる国があるの。わたしたちは皆、ほんものの豚になりにいくんです」。

こんなまがいものでなく、きれいなかたちを保ち、金色の産毛が透ける、まるまると太った美味しそうな豚に。

「果てしない旅の終わりに立派な豚になったなら、どうぞ美味しくわたしをおあがりね」。

呆然とするわたしの耳に、やがてごうごうと地鳴りの音が響く。



生い茂った茅萱が塀のように道を囲むなかを、車で走っている。

行けども行けども単調な眺めに、上っているのか降りているのかよくわからなくなる。ゆるやかなカーヴをくるりと曲がると、途切れた茅の隙間から、ちらりと遠浅の海が見えた。透明な海の中に、半ば水没したような都市がきらめく。

眩しすぎる太陽を手のひらで遮るみたいにはっきりしない視界で、それでも捉えたその街は、真新しいビルディング、整えられた道路、真昼にも煌々ときらめくオフィス。今にもいきいきと働く人々が出てきそうな。

そう、なぜ人が、人間だけが居ないのだろう?

「そりゃ、あれは無人の街だからね」

助手席の連れが面倒くさそうに言った。

「高いところへ行けば行くほど遠いところが見えてくる。あの街は蜃気楼、遠い街、もうとっくの昔に滅びた、TOKIOという街の外観を映しているだけ」

街は淡く光りわたしを誘惑する、あの光の街をさ迷いたい、誰に会うこともない閉じた街、さながら神隠しに遭ったように無人の、海の中の幻の街を。

そう思いながらわたしは上る、街をよく見るために街から遠ざかる。


銀いろの小雨が絶え間なく降り続いている。

わたしは灰色の塀に囲まれた狭い路地に居た。アスファルトに固く鎧われた道は濃く滲むばかりで、拒まれた水の流れが幾筋もの小川になり、やがて逆巻く奔流となる。くるぶしまで水に浸し流れを辿ってゆくうちに、いつしか濁流のなかにさまざまな生き物が見えてきた。ザリガニや鮒、蛙、沢蟹……足もとにちょこちょこと走り出ては消えていく。

目を上げるとそこは町はずれの駅だった。ホームには電車が待っており、わたしが乗ると待ちかねたように走り出した。車内は程よい混み具合で、車窓からはのどかな田園風景が見える。田畑には至るところ小川や用水路が通じており、ちょっとした水郷だ。雨は銀糸のように細くなり、けぶる空の彼方にうっすらと白い山が見える。

終点にはすぐ着いた。わたしは電車から降りなければならなかった。たくさんの人が無言でわたしを追いこし、ばらばらと散っていく。つられて駅を出ると、そこはさっき窓から見えた白い山の麓だった。山はいちめん南国風の白い巨大な石墓に覆われていた。

それでわたしは、先ほど周りに居た人々はみんな死んでいたのだ、と気付いた。



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