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友人と街を歩いていると、華奢な車を牽いて、見事な白馬が足音高くやってくる。
美しい仮面に中世ふうの衣装をつけた男がしなやかな動作で馬車から降り立つと、たちまちのうちに荷台を広げ始めた。びろうどを張った台の上にはところ狭しと仮面が並べられる。
意匠はさまざま、犬猫鳥の愛玩動物から、白馬や牝牛、獅子に虎、美女や青年、老婆の面もある。そのどれもが素晴らしく凝ったつくりで、思わず手にとって眺めたくなるようなできばえ。
そして男は鈴を振って歌い始めた。「さあいらっしゃい、着ければその仮面のとおりになれる魔法の仮面、試すだけならお代はいらない、世にも珍しい仮面売りだよ」。
「面白そうじゃないか、ちょっとだけ見ていこう」と友人はわたしを引っ張ってその店にゆくと、鳥の仮面を手に取った。
「よくできてるな、魔法だなんていわなくてもこれは売れるぜ」。友人の言葉に仮面男がへりくだる。
「いえ、いえ。その魔法が特別なのでして。さあ、ためしにお着けください、お連れの方も」
友人は無造作に鸚鵡の面を取り、額に着けた。途端、その背にみるみる翼が生え、自由自在に空を飛ぶ。わたしは息を呑んでその光景を見た。仮面男はしきりにうながす。
「さ、あなたも、さあどうぞ、ほらこのカナリヤなんてどうです。お友達は鸚鵡、あなたはカナリヤ、お揃いで着けるのはいかが」
驚異と感嘆のうちに、言われるがまま、わたしは仮面を手に取ろうとした。そのとき突然馬が高くいななき、鸚鵡となった友人は驚いて空から墜落、どさりと倒れて動かない。あわてて駆け寄るわたしよりはやく、いつの間に店じまいしたのか、仮面男が鳥を攫う。
男は逃げ去り、毒々しい呟きだけが残される。
「ち、馬のやつ、まだ人の意識があるのか。あと少しでもう一匹手に入ったのに。まあいい、今日の獲物は鸚鵡一羽、もとが人間だから言葉を覚えるのも早かろう。高く売れるさ」
と、突然エレベーターが暗くなり、ボタンがでたらめに明滅しだした。そのままふわふわ揺れるように上下し、どの階にも止まる様子はない。気持ち悪くなってきて壁によりかかろうとしたら、壁がすっと透き通り、目の大きなお化けが映った。とんでもないエレベーターに乗ってしまった、どうにか降りれないものか。そう考えたとたん、すっと七階に止まった。
ようよう降りて総務の人に話を聞くと、会社のエレベーターは今日から「妖怪エレベーター」になったのだという。どこに止まるかわからない、スリルを楽しむエレベーターだそうだ。
そうだったのか、知らなかった。めんどくさいことになったなあ。と、思いながらわたしは疲れた体をひきずるように、階段で一階まで降りる。
それは衣装や大小の道具類、役者から脚本家までまるまる一座を乗せた劇団列車で、線路の続く限りどこまでも旅をしながら興行しているのだ。
座長はほかならぬこのわたしで、次の出し物は海が舞台の「海神転生」という物語に決めていた。この乾ききった大地にかりそめの海を出現させるという思いつきは、考えただけでもわくわくした。
わたしたちは苛烈な陽の光を避け、夜毎稽古に励んだ。月光がみなぎる潤んだ夜に、ビニイルの天幕、かきわりの空と水、セロファンのさざ波を割って、にせもののうろこやひれをつけ、魚や海獣に扮した仲間が入れ替わり立ち代わり現れる。
いちばんの見どころは海神に魅入られた娘が龍に変化する終幕で、煙幕とライトを巧みに使った影絵の仕掛けに合わせ、歌い手たちが悲痛なコーラスを和する場面だ。
それにしても今夜の歌はとくに高らかだ。わたしは思わず陶然と目を瞑りその声に聞き惚れる。
そして目を開けたわたしは、闇のなかそこだけきらめく炎のような瞳をした猫の群れが魚を――
――いや、豹の群れが、仲間を貪っているのを見た。
わたしは友人の引越しを手伝いに来ている。友人は女流画家だ。無機質な部屋には彼女の絵が溢れ、まるで一個の展覧会を片付けにきているような錯覚に囚われる。
「気に入った絵があったら持っていって」と言うので、小さな額に入った木筆画をもらうことにした。尻尾のある悪魔を描いた、どこかユーモラスなスケッチだ。
ひときわ大きな額に入った絵が、刻々と変化するのには驚いた。桜の花が散るなかで結ばれた男女が、やがて子を生み家を成し、老いて死ぬまでの営みが描かれている。それを、桜の樹木一本の変化だけで現しているのがこころにくい。咲いて散る、それだけの間に一年という時を刻む桜を眺めていると、自分が仙人になったかのような気持ちがする。
わたしが見惚れていると、友人はさっさと額を取り外した。
額の下には、テレビが置かれていた。
どこからか、花のような、香料のような、えもいえわれぬよい香りがしている。
香りをたどると、路傍の人だかりに出くわした。覗いてみると、背が高くどこか高貴な様子の老人が、大きな鍋を火にかけている。いくつもの壺から自在に粉や液体を取り出し鍋に加える老人の後ろには、粗末な身なりの青年が神妙に目を瞑って控えていて、とんと仙人とその弟子といった風情。「あれは仙丹を練っているのだそうだ」と訳知り顔の男が囁き、わたしは感心しながらその鍋と老人を見つめる。
しかし芳香は次第に悪臭となり、老人は焦ったように火をかきたてるが、鍋は焦げ付くようなにおいを放つばかり。と、それまで老人の後ろで慎ましく控えていた青年が、あくびをしながら立ち上がった。閉じていた眼が開かれ炎のように炯炯と光り、見る間に身体がまばゆい光に包まれる。青年は笑いながらつま先でとんと地を蹴った。途端に鍋も壺も、青年自身も地の底に呑まれてゆく。老人があわれっぽく地面にひざまずき、後には高らかに笑う青年の声だけが残った。
「おい間抜け、仙丹を作り損なったのがわからぬか。お前は仙人にはなれぬ。一生を人として過ごすがよい」