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ゆめ か うつつ か
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うっそうと茂るジャングルの、植物の波に半ば沈み込むように、その館はあった。

白壁に張り出した窓枠には、つる性植物がみっしりと絡んでいる。中はむっとするような暑さ、黴臭さに加え、種々雑多な蟲がはびこっていた。蜘蛛の巣に絡めとられながら、わたしははやく目的を遂げてさっさと帰りたい、と心から願う。

昼なお暗い広間には、かんかんに焼けたストウブが、真っ赤を通り越して蜂蜜みたいにとろとろに溶けそうになっている。暑さは耐え難いほどになり、わたしはしたたる汗をぐいと腕で拭いた。このストウブの熱が、森をジャングルに変えたのだ。

わたしはおもむろにストウブに手をかけた。灼けた鉄は存外ここちよい温度で、てのひらでゲル状に弾む。面白くなって、片端から千切っては辺りに投げてやった。灼熱の塊はたちまち冷えた鉄の欠片になり、床をまだらに汚していく。

良かったね、もう熱くないよ。とわたしは森に告げ、そして夢の世界から現実へと帰ったすなわち目覚めた。



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――釣竿が欲しいなあ

――生の魚に触ったこともないのに?

――人魚を釣るのさ、この滝の下は竜宮に続いているんだろう

――よほど長い糸が要るんだろう

――そりゃそうさ、ただの釣竿や糸じゃあいけない。百年にいちど、花を咲かせる直前の若竹を伐り、黄金の蚕から取れた絹糸に処女の髪の毛を寄り合わせた糸を数尋。餌はなにがよいかねえ、女を釣るにはやはり宝石?

――バカだな竜宮なんてのは、白に血赤に桃色さんご、虹色きらめく黒蝶貝、ひかり輝く真珠の大小が惜しげなく散りばめられた宝物殿と相場は決まってる。だいいち人魚だか鮫人だかは、泣けば涙がしらたまの真珠になるってんだ、土臭い宝石なんざ目もくれないよ

――それじゃあやはり食い気で釣るか。人魚の好物はいったい何だろう、やはり魚かしら

――いやむしろ、人のほうじゃないか? やつらはきっと、海に落ちた人の軟らかい肉を食いつけているに違いない……



底知れず落ち込んでゆく吹き割れの滝を眺め、そんな話をする夢をみた。


落ちてゆく飛行機で。

まず先にパイロットが空中へと飛び出した、それから乗客が、芥子粒のように飛行機から零れ落ちていく。

わたしは海面すれすれになって、ようやく自分が飛べる事に気付いた。波の飛沫を浴びて、仲間たちと次々に、燕のようにくるりと鮮やかに空へと取って返す。さっきまでとはうってかわって、ひどく愉快な気分だ。まるで肉体を脱ぎ捨てたかのように軽やかに、隊列を組んで、わたしたちは飛ぶ。ジェット機よりも速く、雲を風を切って飛翔する、青い海と戯れる。

やがて中国の古い都が見えてきた。それはもう誰も住んでいない亡都で、廃墟のなかを、わたしたちは飛ぶ。目にも留まらぬ速さで、石づくりの燈篭を、はげてしまった朱が残る欄干を、腐った多重塔を眼下に、灰色の都をすり抜ける。

海のいろが紺碧から群青に変わるころ、突兀とした岩山が見えてくる。溶岩のように黒く穴だらけの岩に難破船の残骸がうちあげられ、白骨がまばらにひっかかる、その間に財宝がきらめいている。魚の彫刻がほどこされた白玉の判子、翡翠の帯留め、珊瑚のブローチ、真珠の首飾り、瑠璃の指輪、玻璃の杯・・・・・・・。重くなったら飛べないよ、と言われ、数顆を身に付けふたたび空へと舞い上がる。

そうして海と空のはざまを自在に舞っていると、とうとう海の終りに着いた。海の終り、そこでは水が光の滝となってどうどうと零れている。水と光のあわいにそびえる大樹のつらなりが光を弾くなかを、小鳥のように飛び回った、美しかった、世界の何もかもがありえないほど美しかった。




昼下がりのスーパーは子連れの主婦で賑わっていた。

平和な喧騒をかきわけ野菜や冷凍食品のコーナーをぐるりと見てまわると、わたしは手ぶらのままレジの列に並んだ。そうしてとても落ち着いた気持ちでジーンズに挟んでおいた拳銃をとりだすと、無造作に、電気のスイッチをひねるより当たり前に、前に居た少女の頭を吹き飛ばす。血と脳漿と、少女が手にしていた蜂蜜の瓶が弾けた。甘い血の香りが広がり、同時にあちこちで悲鳴が上がる。そのあとは店員も客も、動くものは手当たり次第に狙い撃つ。ただ、火のついたように泣く幼児をかかえ顔をくしゃくしゃにしてすすり泣く若い母親はひどく滑稽で、その母子だけは見逃してやることにした。血まみれで外へ出ると、みなが拍手喝采で出迎えてくれる。その人々をもいちいち殺して回った、憎しみも怒りも感慨もなかった、

なぜならその世界の人間はすべてわたしだったから。





月経〈つきのもの〉のときはいつも、血腥い夢を見る。



開始二分前に、突然トイレに行きたくなってしまったのだ。

学校は由緒あるミッションスクールで、今日は朝礼のあと、新築したばかりの大聖堂〈カテドラル〉で創立百周年記念式典がある。聖歌や説教等、いずれ眠気を催す式次第には違いないが、遅刻欠席は更に面倒なことになる。しばし考えた末、階段の下に、生徒は使用禁止の教員用トイレがあることに思いあたった。しょうがない、あそこに行こう。朝礼までに戻ればよい。

ざわつく教室を抜け出し、誰も居ない階段を小走りに降りると、カテドラルへと繋がる渡り廊下だ。廊下にひと気が無いのを確認すると、わたしは素早くトイレに入った。みっつあるうちのいちばん手前の個室へ急ぐ。そうして細心の注意を払ったにも関わらず、個室のドアを開けたとたん誰かにぶつかった。すみませんでした先生、と殊勝げに言いかけ、目の前に居るのが同い年くらいの女の子だと気づいた。病的なほど白い肌、ピンク色の髪に紫色の派手な制服。校則違反にもほどがある、と目を見張ると、あちらもまじまじとわたしを見返し、言った。

「どっから手にいれたの、そんなアンティーク。創立200周年記念祭の仮装?」

……ぱたんと扉を閉め、息を整えてから、今度はいちばん手前の扉を開けてみた。すると、今度はえらく古風な袴着の女学生が眉を潜める。

わたしは悟った、いちばん手前は百年後、いちばん奥は百年前ならば。

正しい時正しい場所にあるのは真ん中だけだと中の扉を開けると、そこにはもうひとりのわたしが驚愕の表情で佇んでいたので、ああきっとわたしも同じような顔をしているのだな、と思った。


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