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推理からエッセイから幻想小説までごったに。
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『Xの悲劇』 クイーン
すげえ有名なアレ。出出し三十ページくらいであれ?どっかで読んだことある…と気付いた。多分小学生ん頃だ。トリック以外の全てを忘れていたがむしろトリックこそを忘れたかった…
肝心な部分がわかっていたので、後は人間関係やら探偵のドルリー・レーンのかっこよさを楽しんでた。
レーンは耳が聞こえないもと名優の老人で、博学にして優美、会話にハムレットの台詞なんか引用しちゃうおじいさまで、趣味は日光浴……刑事二人が塔の上のレーンを訪ねていくとほぼ全裸で熊の毛皮に横たわってたりするんだぜ。ステキ!
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『タテ社会の人間関係』 なかねちえ
日本人の所属集団・帰属する世界はひとつ、絶対的なそれに守られている…日本
以外では、自分を守るのは自分しかないのに。
ひとつに拒絶されると世界が終わったような気分になるのはそのせいかしら?
この本が70年代のものだということに衝撃を受けた。そんなにも昔から指摘されて居るにもかかわらず、だ。
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『江戸団扇』 大庭柯公(おおばかこう・1872生・行方不明)
解説尾崎秀樹。
著者は二葉亭四迷の友人、ロシア語通訳、新聞記者、社会主義者。
「酒」
辞書で酒という字を酉でひくのは杜康というさけづくりの先祖が酉の日に死んだから。
「翻訳」
・トルストイの「戦争と平和→明治19年の翻訳名は「泣花怨柳北欧血戦余塵」、絵入り・岡山県人森某訳。
・鮨は日本のサンドイッチ?
・ペルシャ→はるしゃ。入ってきたのは享保
・カエイ年間、幕府上書に世界=「円球」とある。
・イギリスを暗厄利亜(あんぎりあ)暗の字を充てているところに笑う。
・白髪三千丈
→わが黒髪もしら糸の千ひろ千ひろに又千ひろ、うさやつらさのますかがみ、いずくよりかは置く霜の
(忍海和尚)
・秋=い出ては旅によく入っては読書によき季節
・読書は愛玩的なもの
専門書や聖賢の書をよむのは日常のつとめ、蔵書多きを誇るは愚、シェクスピヤの蔵書は僅かに風呂敷いっぱいほどであった。いかなる良書でも没頭的読書は禁物、朱子の読書三到はよろしくない。
読書はなはだ解するを求めぬ五柳先生(→陶淵明・家に五株の柳を植え号とした)を学ぶべき。
←濫読のあたしにはこころづよい言葉だ。
「筆勢」
卷舒(けんじょ
躍動
運筆上の呼称:落起走住畳囲回蔵
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井伏鱒二
「夜ふけと梅の花」
梅かおる夜道を歩いていたら顔面血だらけの男と遭遇…その男のために証人になることを約束したが男はそれ以来現れない。男との約束が気がかりなまま一年過ぎる。
なんてことない話だけどこのなんてことなさがいいんだな。余韻がある。
ちなみにあたしも昼間だけど顔面血まみれの男に出くわしたことがある。
のみならずそいつに熱烈なナンパを受けた。どういうことだ。
「朽助の居る谷間」
つまりは故郷、憧憬ということか。主人公の酷さ・朽助の純朴さ・ハワイ生れのハーフ少女タエト・・
「ジョセフと女子大生」
これが一番面白かったかな。姪の女子大生に英語の文章を教えてくれと言われて教えていたが実はィアイルランド人の少年ジョセフに果敢にアタックするためだった、
ジョセフが自宅にモナリザの絵がかかってると言って実は西郷隆盛の肖像だったオチにわらった。
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マルセル・ベアリュ
「水蜘蛛」
女と二人きり、そこに新たな女がくわわり前の女は去る。1+2-1=2
二人の女にはさまれ選ばねばならない、あるいは両者をも。
夏の川のほとり、かぼそくやや金属的な歌声がきこえてくる出だしはステキだし蜘蛛が少女に変身して行く展開にはドキドキした!鳥をてなずけ森を飛ぶように走るナディと、元の妻のカティ。都合のいい主人公に腹がたつ。水蜘蛛を返そうとして奈落に落ちるのも道理。
「球と教授たち」は以前どっかで読んだことある…得体の知れない球体を、天使の卵ということにして概念を与え安心する教授たち。
「読書熱」は本を読みすぎて頭だけになってしまう男の短い物語。
「向いの家」、前こういう夢を見た…森の中の不思議な家と住人。
「諸世紀の伝説」死者の樹、「禁じられた窓」グリム童話のヴァリアント
「最後の瞬間」は並行するもう一台の列車に飛び移る話、少なくとも今度の列車は「より遠くまで」連れてってくれるだろう…漱石の夢十夜、第八夜?にこういう話しがあった。船だけど。
「最悪の年の年代記者」
皇帝と大臣のふたりしかいない国、テーブルも無いので年代記が書けず、お互いに監視しあう毎日。庭のひまわりの軸回転で時刻を知る。ひまわりの根は鋼鉄製で、それを使い皇帝を殺し死体をテーブル代わりに年代記を書こうとする。庭にはマンドラゴラ、大地から抜くとすぐに枯れてしまう胎児,は次の日には成長した死体となる。死体を片付けるために、年代記はまだ書けない・・・
「百合と血」手首を切り百合に吸わせる、錬金術に魅せられた男の自殺。
通勤にえらく時間がかかるので本の一冊二冊は常備の方向なんだけど、ずっと昔から欲しいと思っていながら手を出しかねていた『耳嚢』をようやく読んでいる。聊斎志異の日本版ってとこかな。江戸期のおじちゃんのおもしろ日記。幽霊・狐の話から仇討ちやら安倍川もちの由来やら頭痛の特効薬やらよくきくおまじないその他、ぽつぽつ、拾い読み。旧仮名遣いだけど註付きだからラク。。
中にひとつ、大爆笑した話があるので抜粋。
注・お下品です!
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「藤沢某といへる老士ありしが、おかしき人にてありし」
藤沢某は、或る時つくづく
「自分はこれまでいろいろやってきたけれど、男色の少年(女役)にだけはなったことがない。どんなものだろうと思うけど、自分はもともとイケメンでもないしもうこんなに老いてしまったし」
……と、ふと思いついて お道具 を買い求め春の日に縁側の端っこで試してみることにした……
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……ここまで書いてげっそりしたので詳しくは書かないけれど爺さんがそのまま気絶したのは言うまでもなく。
そしてそのままの状態で家族に発見されたのも言うまでも無く。
なんというかまああまりの笑(衝)撃に朝っぱらからGに、満員電車で、これを語ろうとしてしまったくらいには面白かった。つうかなんてチャレンジャーな爺さんだ藤沢某。普通は「どんなものだろう」と思うくらいでやめておくよね!!
しかし一番恐ろしいのは、この爺さんを「おかしき人にてありし」のひとことでやっつけた作者だと思った。
品性よろしからぬ人間なので思いがけずこういう話にでっくわすと大喜びします。
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調子に乗ってかつて書きかけた西洋好色本についてなど。
っつうかマンディアルクの総まとめ。
↓18禁です。
『城の中のイギリス人』
サドよりはまだしもライトなほうかな。
イギリス人外交官、改名・モンキュの城に招待された「私」は、海中にそびえ、一日に二時間しか渡るすべの無い城で行なわれる彼の「実験」に立ち会う。そこでは彼はバルタザールというあだ名で、黒人の混血女やドイツ公女などとともに淫蕩で残酷な饗宴に参加する。
氷やら蛸やら犬やらスカトロやらぺデラスト、で 最後に拷問、という流れだけど、描写だけでなく物語性があって、しかも悪徳の体現者がひとりかふたり、というとこが一応救われるとこかな…主人公も最後逃げ帰ってるし。黒白混血娘のヴィオラちゃんの描写は美しい。
勝手感想→
男が女を追いかけるのは、獲物を射とめ「殺すため」である。
自分が愛した者には消滅して欲しい、という願望。交わったはしから女をころしていくのはそのため?
澁澤訳のイギリス人~と読み比べたい。
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ついでに。
『一万一千本の鞭』 アポリネール/須賀慣訳
ブカレストのプリンスモニイ・ヴィベスクはパリに憧れ、セルビアのゲイの副領事との情事を終え、パリで19歳の美女キュルキュリーヌに二十回続けて「致す」ことができなければ一万一千本の鞭ヴェルジュ(=処女ヴィエルジュ)を受けると誓う。しかし強盗のためにキュルキュリーヌともうひとりの美女との情事は中断、モニイは強盗のひとりコルナブーを下男にし自分を抱かせ女優をいたぶり、ついで軍の命令で旅順へと向かう。
最後に日本軍の捕虜となったモニイは、日本兵士一万一千人に鞭打たれ首から下の原形をとどめず亡くなり、キュルキュリーヌはモニイの像を満州につくらせる。その像は今もある。
……いろんな感想で取り上げられてるけどやはり旅順に居た日本娘キリエムの身の上話が面白かったね。頑張って歌舞伎やら伝統芸能の説明してる、でもキリエムは日本名じゃない…。
日本の将校が春画の解説したりね。ジャポニスム。一万一千人の日本人兵士に鞭打たれて死ぬってすげえ何つうか、ストイックなあまりにみだらですらある。凄絶。
んー しかしセックスというのはある程度パターンが決まってるので、とても、メカニカルなイメージ。
マンディアルグ
「異物」
書棚に棲み付く家蟹蟲。香りの探求。
良い香りと悪臭は紙一重って、いかにもフランス人ぽい意見だな。
「ダイアモンド」
ユダヤ人宝石商の娘とライオンがダイアの中で交わる。幻想的、SFと言ってもいい。多角体に閉じ込められ、その青いひかりを紅く変える。宝石の鑑定には真裸で臨む娘の儀式もゆかしい。
澁澤の『犬狼都市』の元ネタらしいがこれはこれ、あれはあれでずいぶん別物の気がする。キュノポリスはSFより幻想味がつよくて、ダイアの中に閉じ込められたときに無粋な他者(ダイアモンドでいう「父親」)が介入してこないのが好きだ。より説明を省くこと、物語を簡潔なさしむること。
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『犬神博士』 夢野久作
犬神博士こと大神二瓶の半生記。生れもわからぬ、両親に少女の格好で踊らされていた異常に賢い子。花札の手が見える。
饒舌すぎて飽きた。
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『飛鳥高名作選』 「犯罪の場」その他。
「二粒の真珠」
ジャッキで部屋ごと持ち上げるトリック。真珠がありえない場所に転がっていたことから暴露される。
んん?このネタA氏の小説で使いまわされてた…
「細すぎた脚」
建築家の虚栄のために殺される弟子。「密室なんて無意味」、どうして密室になってるかの方が重要。
トリックはともかく、解決後の建築家の独白・真相が面白い。ほどよく心理描写が入ってるほうが好き。
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『R62号の発明・鉛の卵』 安部公房
この短編集はあたり。
R62~はリストラされ機械化される人間の話。復讐の要素もあり。こええ、けど好きだ。鉛の~は、卵の中に保存され百年後に目覚めるはずの男が80万年後に目覚める。これもこええがラスト、ほっとできる。めずらしい。
個人的に「死んだ娘が歌った」が好み。出稼ぎに行った娘の自殺。
「町は海のようで、わたしは溺れてしまうに違いないのでした」「わたしは自分の自由意志に溺れたのです」
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『11枚のとらんぷ』 泡坂妻夫
軽快で軽妙、笑いも取り入れてておしゃれ。
手品同好会の冷や汗もののお披露目会のラストで、女性が殺される。
周囲には、同好会の主催者が書いた小説『11枚のとらんぷ』の小道具が置かれていた……
二章にはその手品をもとにした小説がまるごと、三章で謎解き。
事件そのものより手品のトリックに考えさせられる。
犯人は動機を考えたら一発でなるほどね、と思わせられる人。
しかしなんだな、文章がちと洒脱すぎていまいちリアリティが……好みわかれそう。
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『夜ごとのサーカス』 A・カーター
19世紀末、ロンドンで「下町のヴィーナス」、翼の生えたフェヴァーズの驚異的な半生を取材するアメリカの新聞記者、赤毛の青年ウォルサー。売春宿における活人画としての少女時代、怪物を売りものにするマダム・シュレック(眠り姫の話はぐっときた)に売り飛ばされ伯爵の生贄を脱し、サーカスへ。
ウオルサーは道化になってサーカスにくっついてペテルブルクへやってくる。サル使いの妻、哀れなミニヨンを救うウオルサー。フェヴァーズはミニヨンに嫉妬するが、彼女の歌の才能を見出す。
列車がアナーキストに爆破されシベリアに放り出された一行。ウオルサーは記憶を失い、フェヴァーズたちは寂れた音楽学校にたどり着く。
ヒロインフェヴァーズが怪物みたいで、クールとグロテスクの中間。
人類学伝承民俗・社会学ごたまぜなかんじ。フーコーの放射状監獄とかね、どっかで見たぜこんな伝説・もしくは学説、てのがちらほら、作者はきっとこういうの好きなんだな。
売春やら性に関する言葉・行為やらいろいろ隠されてなくていいのかなーとか思うが、しかし、どちらかといえばその下品さは作品の魅力を増している。ラストの混沌、何も解決してないっぽいのに終わってる、そのへんが新しいかな。
『血染めの部屋』しか読んでなかったので長編いけるかどうか心配だったがわりとすらすら読めた。
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『デイプロトドンティア・マクロプス』 我孫子武丸
京都で探偵社をひらく主人公に、或る日二件の失踪事件の依頼が。
大学教授とカンガルー。これらの事件をめぐって主人公が襲われる。
「巨大にする遺伝子」ゴライアスを注入され、京都タワーでの巨大カンガルーとの一騎打ち。
このへんおおわらいだった、やはりこの人の作品には深遠なユーモアセンスを感じる。
謎やハードボイルドめいた要素はないし盛り上がりもイマイチかけるけどこれがこの人の味なんだと思う。わたしはこういうセンス、わりと好きだ。ひとつだけいえるのはこれは笑える小説だということ。
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あと柳田の 『子供風土記』はこの頃からもう上の遊びが下に受け継がれなくなっていることが記されててちょっとおもしろかったな。この前知人にもらった『不登校はなぜ起きるか』の冊子はレビューを書きたいが全てが面白いので逆に何を書けば良いかわからない。でもちょっと自分だけで楽しむのがもったいないんだよね、今読み直してる鶴見俊輔氏の『戦時期日本の精神史』『戦後日本の文化史』も同様で、あまりにも興味深いのでいっそ何もいえなくなる。
このひとの小説は総じて少女小説のあまったるさよりも、落ち着いた幻想的なもののほうが好きかも。
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『黒薔薇』くろしょうび。
吉屋信子の文章はもどかしい。じれったい。そこがいい。
美しい人を慕った罪で女学校を追い出された教師章子と美貌の生徒和子。
章子の性格がよい。周囲がまだまだ男性優位の世界であれだけ頭を昂然ともたげていたらかっこよいだろなあ。口調がいきなりべらんめえになるのも、かっとなるとこも魅力的。和子が控えめすぎてちょっとものたりないくらい。最後も謎だし。触れるか触れないか……の距離感。
しかしあたしがこの時代に女として生まれていたら早々に神経を病む。
「鉛筆」
フランス語のレッスンに通う生徒同士、鉛筆の貸し借りだけの仄かな交流。うつくしー。
「童貞女昇天」
童貞女=びるぜん。長崎、隠れキリシタンの遺児で、生れたときから山の中でびるぜん尼として育てられヒトとの交わりを絶っていた女の昇天。
ペーシュカ(犬)とか、紅蜥蜴と沢とかそういう描写がとても細やかで美しい。遊郭から逃げてきた若い女をあんじょ(天使)と勘違いして、昇天をねがい焼け死ぬ。せつなくきれい。
「茶碗」
競輪に身を滅ぼした男が、盗みを働こうとして茶の師匠であった祖母の幻覚を視る。
「おうなの幻想」
国木田独歩の「号外」、戦争に生きがいを感じていた男の話から、疎開中に知り合った老女の幻想。
悲しい話が大好きだった老女に丁汝昌(日清戦争の際、自分は自決して部下の命を救うよう言った清の将軍)の話をする。敗戦後、老女は天皇が自殺して日本国民の命を救ったように妄想し亡くなる。
戦争の恐怖はあれど、「――けれども、それにしても年月というものは不思議なもので、あれほどいやだった戦争中の思い出にしても一つや二つ、その頃の人間の生き方や気持の上で、なにか忘れえぬものが――(もう二度とお互あんな気持にはなれない)とか(あんなにひたむきに考えていた人もいたのに……)とか、また、それこそ人情紙の如く薄くなったあのとげとげしい利己的な考え方―今もその名残をとどめてはいるが、その中であたたかさをうしなわなかった人とかを、十年もの月日を間にして、やはりなつかしいような、悲しいような……
「鬼火」
ガス集金人、落ちぶれた病人の妻に、金の代わりにその身をよこせと脅迫。次の日、ごうごうとガスの青い火が燃える家の中に病死人と首を吊った女の姿。哀れな話だがガスの青い炎を鬼火と表すところがおもしろい。
「鶴」
女あんまの生い立ち語り。父親は類稀なあんま師であり、九州で働いているときに山に迷い込み鶴を助けて三ヶ月行方不明になっていたが、それ以来人の体が透けて見えるようになり、治療師となった。
戦争で父をなくし、代わりに長野の林檎農家の男を救い、彼を鶴の生まれ変わりと信じる。
女の一途さ、一抹の哀しさ。
「もう一人のわたし」
自分は実は双子であった―少女は死んだ姉の幻想を視る。結婚式の夜、浜まで姉を追いかけてゆくと、姉はいつのまにか自分と摩り替わり……という幻想。
推理モノはネタバレに注意
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「天仙宮の審判日」
女性が首吊りをした現実の事件に巻き込まれる記憶喪失の男、風見。
その夜、夢の中で、戦時中に台湾で女を首吊りに見せかけ絞殺したとがで天仙宮の五顕大帝や文章帝君に裁かれる。二夜目、余罪で暴走運転のすえ人を殺した罪を問われ、男は思い出す。
自分は風見ではなく、浮浪者となった風見に襲われ服を取り替えられていた。
幻想的な場面と現実がうまく融合していてよみごたえある。キャラクターもユーモラスで面白い!!
「食人鬼」
ニューギニアの島でたったふたり生き残った兵士のひとりが、発狂して現地の女との間にできた子を食い、惨殺される。しかし、兵士の行動は食人鬼とうわさのある父親をもつことを子のために憂い、猿の子を用いた芝居であった・泣ける……
ときに飢餓よりも言葉が人を押し潰すこと、押しつぶされず持ちこたえたその健全さ。
「大統領の高級秘書」
仏の料理研究家のもとで助手をしていた日本人の山野は、ブラマサンバ王国の料理官として呼ばれ、そこで政治経済開発顧問のサー・ハイスミスや通信顧問のマイルズ、運転手のジノなどと大統領の身辺の世話をいいつかっていた。五年がすぎ、最後の護衛で爆破される。大統領の人物の高潔さ。高潔すぎる人物はあつかいがたい。ハードボイルドちっく。
「蟻の道」
甘い肌を持つ娼婦と、女に夢中になる台南の中隊の日本兵士。スパイ容疑と書類の盗難。ラスト、月下に蟻が道を作る景色が幻想的で美しく恐ろしい。
「大きな鳥のいる汽車」
言語調査でアフリカ、コンゴの汽車に乗る主人公。その汽車では不可解な密室での自殺事件が起こっていた。男は暑い車内でうとうとと大きな鳥の夢をみる。気づくと、汽車の車掌サワジが、「特別室を案内」するため呼びかけていた。特別室のレコードにしかけられた麻紐と拳銃の罠。男は機転で罠に気づく。
しゃれててかっこよくて面白い。
「ある絵画論」
はじまってもいない美術館にとびこみ、自分の未来や母を幻視する。
無名の画家シュピーゲルの画論―画家が個性を捨てる、画家の描きたいものと鑑賞者の見たいものが一致すること。
「匂う女」
水施餓鬼の季節。荒物屋に遣いに行った信也は甘い匂いの女に会う。それは刑務所を出たばかりのお梅だった。お梅に近づく男はみな死ぬと言う夜鶴老人の予言どおり、お梅の新しい愛人、三味線引きの幸七は井戸にはまって死ぬ。
蕃紅花(サフラン)の沐浴、絵葉書、老人の妄執による殺人。漂う時代の香り。
「飾燈」
見世物屋敷の中、「八幡の藪知らず」で女の赤ちゃんの死骸がみつかる。犯人は千恵遅れの子守女とされたが、友人でドイツ文学教授の千装君が告白したのは・未解決の事件を振り返る。真相は子供のいたずら、坂上から乳母車を落とす。当時はローラースケートが流行っていた、陪審員制度。やはり子守女の無意識の願望「落としてみたい」という潜在的な期待。こういう話を書きたいのかしら。
「ねじれた輪」
テープ切りでメビウスの輪を作る=種も仕掛けも無い、事実は繋がっている。
医者である主人公のもとに、夜尿症の宮という男がやってくる。その男が去った後、保険会社の男が訪ねてくる。宮は数日前、長男を列車事故で亡くしているが、他殺の疑いがあるので調べに来た。
子供の死の話をしない=忘れている。健忘症、子供がえり・子供になりたいという願望。死んだ子供の癖が男の中に残っている。
無意識の犯人。
「時代」
明治時代。放蕩者で失踪中の侍を夫に持ったため生活がたちゆかなくなった万之助の母は商人の妾になる。ある夜、こっそりしのび来た父が母を殺す。万之助は父を訴えるが、しかしそれは何かしら当然起こりうる事件だと受け止める。=やはり無意識の期待?
タイトルが物語の全てを語っている。
「異邦の人」
乙島明のヰタ・セクスアリス。西洋の女のような体格で、金という男と所帯を持っていた髪結い女しんは、その頃珍しいズロースをはいていると評判だった。ある大水の夜、髪結いの店主が水死体であがる。その死の真相を推理。
「ふかい穴」
佳編。本編と関係ない部分の書き込みがためになる、昔の人は話し上手だった、記憶便りなので細部は異なっていてもとにかく面白い。
江戸期の斬首の話から、上野の博覧会に行った折の話を思い出す。
博覧会に陳列されていた女の文身の皮膚を見た伯父がした昔話。
悪がきの遊び相手と深い穴を飛ぶ肝試しをして穴に落ちそうになる。助けてくれた美しい女は、全身に刺青があり亭主殺しを噂されている。後日再び穴を飛び、今度こそ穴の底に落ちる。穴は深くなかったが、底には死人が……「やりきれないほど陰鬱な印象」⇔不忍池の花火。穴の深さ。
「じゃけっと物語」
絵描きを目指していた男、西洋かぶれの時代。ニジンスキーのモノマネ。「コバルトとうー取るメールの心理反応」どちらも青い絵の具だが画家によってどちらかを好む。エッセイ?
最後の二ページでようやくじゃけっとの話、童話みたい、毛糸のじゃけっとが鼠に引っ張り出され海におち魚に遊ばれ浚渫船に拾われ泥にまみれ再び「わたし」の前に現われる。なくしたものの運命の解釈。
当時の東京湾でおいしい牡蠣がとれたというのは……いいなあ。
「彼岸参り」
月を墓のための土地にして、死者を生けるが如き冷凍保存する。
SF。付きの不毛さ=死=巨大な墓地、のイメージ。
「ダアリン」
空軍将校のハウスで働く日本人が将校夫人の愛人になるが、やがて夫人の新しい愛人の夫殺しの罪をかぶせられる、冤罪とその真相。夫人の特徴ある「ダアリン」という呼びかけがキィ。
「鬼」
自分が首にした男が自殺し、幽霊となって出てくる。実際には幽霊ではないがそう見える、鬼=中国語の幽霊。たましい。
「男の城」
男が殺される。男の情婦のもうひとりの愛人である夏木が逮捕されるが、真金判事は普通の三角関係ではないと考える。夏木は殺された男に「城を持っている」と話していたが、G県にあるというそれは数百年も前に倒れた城であった――犯人は夏木の妻・普段自分に話さない話を他人にはしていたことからの怒り。妻が思いがけない罪を犯し、夫はそれを察してかばった。
男の夢見る城を、判事もまた幻視する。
「緋文」
京都に転出された嘉村は、その地学ぶ社長の娘に近づき手に入れてのし上がろうと画策する。
社長の娘である参枝はカトリックの学校に居るが、一度婚約を解消されていた。シスターたちは参枝を「シスターになればよい」という。それは、参枝の身体に純潔の証である血の十字架が出現し、一日で治ったことから。
参枝と床を共にすると確かに身体に血の十字架が現われた。その直後、参枝の元婚約者が殺害される。嘉村は参枝の無実を証明し、二人は結婚するが、参枝は結婚式の臥所で思いがけないことを告白する。
うまい。参枝の体質とそれを利用したトリック、したたかさがかっこいい。
「夜の演技」
「借りた顔」
あけぼの荘で男が殺され、つつもたせをやっていた女の夫、前島が逮捕された。
しかし犯人は真島という、最近前島と知り合った男だった。真島はちんぴらにからまれ、「顔を貸せ」といわれた際に前島に口をきいてもらい、助けてもらった。間接的に「顔を貸して」もらってから前島と間違われるようになり、また自分の顔が前島に見えるときがあり……
そんなばかな、という超常現象を、ジョージ・ガモフの「座標系」……全ての疑問に拘泥せず、問題解決には座標系を選ぶべきという話にヒントを得、合理的に解決してゆく。
ちゃんと納得いく出来。幻想でなく事実に基づいてるけど無粋ではない。
「崩壊」
戦後のF島に残り、標高3300メートルの高地で暮らす日本人研究者が原住民の青年コウルに殺されたという事件の真相。気圧がどんどん高くなり、天の密度が濃くなって空気に押しつぶされる恐怖。
コウルの恋人の女との情交、気密室に閉じこもった学者は外に出ようと穿孔機で扉を開けようとするが、その瞬間に孔から密度の濃い空気が弾丸のように胸を貫く。
「杞憂」の物語になぞらえる。