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ゆめ か うつつ か
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両親と車に乗って伊豆へ行く途中である。人形の家のようにちいちゃな箱めいた家々が建ち並ぶ崖線をゆるやかに走る。海は鏡のように光るばかりで、一向に潮の香りもしてこない。芝居のかきわりのような海だな、と私は思う。匂いも音も無い。
上を見ると、よく晴れた空を覆いつくすように巨大な観覧車が音もなく回っている。あまりにも巨きいので向こうが見えないほどだ。観覧車はゆるやかなカーブを描き、次々と山の向こうに消えていく。

突然車が横転し、わたしは頭を打って昏倒する。

気が付くと私は寺の門前に居る。中ではどうやら葬式が営まれているようだ。何となく私も参加しなければいけないような気がして慌てて中へ入ると、みな無言で道を空ける。
お堂には仏像の代わりにグランドピアノが鎮座ましまし、喪服の少女が演奏している。私は彼女に「亡き王女のためのパヴァーヌ」をリクエストする。畳の上で神妙に聞き入る弔問客を後目に、私はピアノの蓋を開け、中に入り込む……




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私は林檎の樹を抱きしめていた。


それはまだ苗木ほどの大きさで、細くしなやかな若樹はよい匂いがしている。
この樹をどこかに植えてやりたいのだが、見渡す限り固いアスファルトに覆われていて地面など見えない。私は途方に暮れてそこら中を歩きまわった。妊った蜂が、よろよろと灰色の路を這っていく。
不意に抱きしめていた林檎の樹がずしりと重くなると、ほっそりとした脚と緑の翼を持つ巨きな鳥になっていた。鳥はものいいたげに私を見つめ、それから鋭いくちばしで私の眼を片方抉ると、それをくわえたまま空に飛び立った。

片眼で鳥を見送りながら片眼で私自身を見送る私、ぽっかりと空いた眼窩からとめどない血が流れている私は、私の血の中にゆっくりと沈みこむ。

路の向こう、しらじらと明るい空に ああ、朝が来ているな と 私は思う。


目覚めるのだ。




オレンジ色の街、海の見える坂をどこまでも車で駆け上がっていく。嵐の後のようなきれぎれの雲が流れる空、虹色に輝く海に魚が飛び跳ねている。

こんな絵を見たことがある、
あれはたしか「イカロスの墜落」だっけ?

イカロスが墜落したのは昇ることができたからだ、とわたしは思う。

坂の上に着くと風はなまぬるかった、これ以上のぼることもおちることもままならぬわたしはただそこに立ち尽くしていた。


(終わらないたそがれの夢)




右腋の下がごろごろしていた。触ってみるとくるみ大に腫れている、微かな痛痒。
気になって弄っているうちに、腋の下がずるりと裂けて 中から血にまみれたダイヤモンドが出てきた。なるほどこんなものが入っていたら違和感もあろう、それにしてもダイヤモンドは人体で生成されるものだったのか。
感心しながら石を眺めた、生まれたての石はきらきら眩しくいとおしかった。

流れ出る血を止めようともせずわたしは。


(あまく鉄さびた匂いの強烈な夢)




婚礼の宴が始まる。

にぎにぎしい花火の音、楽団の演奏に町は沸きかえっていた。
この地を治める領主の娘が隣国の王に嫁ぐらしい。城の祝賀会には身分の別なく参加できるとのことだったが、わたしはひとり 閑散とした町をぶらついていた。

乾いた石畳の上に、クリーム色のワンピースを着た少女がたたずんでいる。年のころは16、7歳、小柄で華奢な体に燃え立つような紅い髪。少女はわたしを見ると安心したように近寄り、声をかけてきた。

「ちょっと訊ねたいのだけど」
「何ですか」
「この町には何故人が居ないの?」
「みなあなたの婚礼の宴にいらしてるからです」

わたしの答えに少女は目を丸くし、それからいささか敵意を込めた瞳でこちらを見つめた。

「……それであなたはわたしを城まで連れ戻そうと?」
「いえ」

わたしは答えた。

「わたしは通りすがりの旅人ですから、王にも姫にもこの地にも興味はないのです」
「……それもなんとなく面白くないわね」

唇をとがらかせる、姫は幼くかわいらしかった。

「まあいいわ。あなた、少しばかりわたしのお供なさい」

そこで、わたし達は歩き出した。

「姫はなぜ城を抜け出されたのですか?」
「決まってるわ、お嫁になんか行きたくないからよ」
「それはそれは」
「あなたはどこから来たの?」
「遠いところからです」

実際わたしはどこからか何かのためにここにやってきたのだが、さてそれはどこからで何のためなのか全く覚えが無かった。

「行き場所も決めてないの?へえ」

姫は首をかしげた、そこにらっぱが鳴り響き、紙ふぶきが舞う。婚礼のパレードが始まるのだ。
狼狽する姫を横様に抱きかかえ走るわたしに、姫が、あまやかな声でささやいた。


    「わたしを連れて逃げてくれない?」


(胸がきゅうとしめつけられるようにいとおしい夢)

●おいらくの。

世を捨てた光源氏の傍らに、いつしか六条御息所の亡霊が佇むようになる。
ひとり静かに庭に下り木や草を愛でる静かな日々によろこびを覚えるかつての美男子に、彼を恋したがゆえ恨み死んで行った女はただ微笑むばかり。
自分に寄り添う青春の残骸、記憶の名残はやさしく源氏を包む、 

…この年齢になって初めてあなたとこころかよわすことができる気がする、… 

光る君の呟きに、御息所は声を出さずに笑う。
悲しみでも愛しみでもまして悋りでもない、 

「それを人は諦めと言うのですわ」


●夢の中で描いた絵

季節は雪解け、落葉松の林に日差しが銀色のしずくとなって降り注ぐ。黄緑いろのやわらかな芯に翡翠が混じったような葉が燃えている。ちょっとゴッホみたいだとわたしは思う。左に山小屋、赤い絵の具で輪郭だけ大雑把に描いてある。実際には落葉松が画面いっぱいに圧倒していて小屋があるのに気付かないほどだ。
画面中央の空間には遠く春の空と、小川べりに積もった雪が見えている。 





夢。



●わたしは浴室で体を洗っている。

脚をもぎ腕をちぎり、流れる血をすすいでやがて白く軽い骨がすきとおるまで、食器を洗うように、宝石を磨くようにひとつひとつ丁寧に扱う。 

痛みは感じない。わたしはわたし自身を解体し、陳列棚の商品のようにうやうやしく並べていく。
これら全ての行程を、白いタイル張りの床に置かれたわたしの頭が眺めている。


●美術館の中で迷子。

わたしはとある美術館ツアーに参加している。この歳にもなって引率つきの社会科見学というわけだ。団体客はみな小羊のようにおとなしく、ベルトコンベアで運ばれてゆく完成された製品のように行儀良く進んで行く。単調な道のり。ふと悪戯心を起こしてわたしは道を逸れる。前衛美術の暗い部屋、腰まで埋めつくす紙屑をかきわけ進んでいると、わたしの後ろにはいつの間にかおびただしい数の人間が付いて来ている…。

●どこからかブラームスが聞こえてくる。 

残り香のように微かな音を辿って行くと、見知らぬ少年がわたしを呼び止める。
彼はチェロの弓だけを持ち、不安と憧れできらきら輝くまなざしをわたしにそそいでいる。そ
れでわたしは彼の願いを知り、幾分くすぐったい気持ちで言う。 

「でも、会ったばかりなのに?」 

「どうか、お願いです」 

懇願するようなその声に、わたしは黙って服を脱ぎ、少年に体を差し出した。一瞬の後、わたしの体は飴色に輝くチェロと化し、少年はいとおしげにわたしの体を奏で始める。


●果てしなく広い美術館のなかで、わたしは迷子だった。
独りではなかった、わたしの後ろに続く人びとのささめきが絶えずわたしを追い立てていたから。

「間に合わないよ」
「間に合わない」
「帰れなくなるよ」

そのくせ後ろを振り向くと彼らは幽霊のように押し黙ってしまうのだ。独りよりもなお悪い、とわたしは思った。

このままこの薄暗い墓場のような美術館で迷い続けるくらいなら…

わたしは足を止め、とんとんと爪先でリズムを取り始めた。
場所に行くのではなく場所を呼び寄せる呪術、

踊る、7枚のベールの踊りを。天女散花の舞いを。

見る間に風景が砂状に崩壊していく。わたしを追う幽霊たちも薄れ消えて行く。 

やがてわたし自身が影になるまで、わたしは踊り続けた。





夢のかけら。



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